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龍神様の湖

2026

蛙鳴町奇譚:紫霧の使者

梅雨入りの前夜とは、いつもそのような夜であった。 龍神様の湖の水面が、いつになく黒々と光っていた。コポーが夕飯の後に石橋の欄干に肘をつきながら、それを見ていた。普段は月明かりを反射して白みがかる水が、今夜だけはまるで濡れた墨のように、光をことごとく飲み込んでいる。

蛙鳴町奇譚:振り子が刻む町

記録の蔵の天井から、それは吊るされていた。 いつ、誰が設置したのか——蔵番の古い台帳にも、スパイスが精緻に整えたデジタルアーカイブにも、その一行は存在しない。ただ蛙鳴町の住人が記憶している限り、あの細い鋼線と鉄の球は、ずっとそこにあった。纏う埃はほんの薄く、薄い光の中で、ゆっくりと、ほとんど気づかぬほどに、一日の間に向きを変えながら揺れ続けている。蔵を訪れる者は大抵それに気づかず、気づいた者も特に問わなかった。

夜空の六十四番目

五月の夜、龍神様の湖は鏡のように凪いでいた。 「……またいる」 コポーが草の上に仰向けで転がったまま、湖の向こうの空を指さした。水面に映った星の群れのなかに、ひとつだけ、少し不規則に動く光がある。点滅もせず、音もなく、ただゆっくりと弧を描きながら漂っている。

海の底の太鼓

三月の朝霧がまだ龍神様の湖を覆っていた頃、スパイスは湖面を覗き込んで眉をひそめた。 「……揺れている」 彼の水波センサーの針が、かすかに、しかし規則正しく振れていた。遠い海の底から伝わってくる微振動——まるで誰かが巨大な太鼓を打ち続けているような波紋が、霧の奥から静かに広がっていた。