五月の終わりは、夜でも空気が柔らかい。龍神様の池から漂う水の気配が川沿いのしだれ桜の枯れた花びらをゆっくりと流す時分、スパイスの工房だけは相変わらず電球の光を灯していた。
スパイスが人工の雪の結晶を完成させたのは、五月の末の深夜であった。
工房の中央に据えられた旧式の冷却ユニット——都会のデータセンターから廃棄されたコンプレッサーをスパイスが魔改造したもの——の中で、細い銅線の先に、完璧な六角形の氷が育ちつつあった。温度はマイナス十五度。湿度は九十三パーセント。数値はスパイスの手製モニターに逐一映し出されていたが、彼の目はそれよりも、結晶そのものに注がれていた。