四月の午後、池の面が橙色に染まりはじめる時間になると、コポーは広場の隅で一個のオレンジを両手に抱えて立ち尽くしていた。
「渡すだけだ。ただ渡す。それだけだ。それだけなんだ……」
川の石橋に、朝の光がまっすぐ射し込んでいた。
龍神様の彫刻が刻まれた欄干が、春の空気を受けてぬるく光っていた。ミニコーは橋のたもとで立ち止まり、一度だけ深呼吸をした。
踏切の警報機が、のどかな空気に規則正しいリズムを刻んでいる。 線路脇の土手では、菜の花が競うように黄色い火を灯し、風が吹くたびに甘い香りが鼻腔をくすぐった。
蛙鳴町の広場は、朝から甘い香りに包まれていました。
4月8日。今日は「花まつり」。広場の中央には色とりどりの花で飾られた小さな堂「花御堂(はなみどう)」が置かれ、中には天と地を指差す誕生仏が鎮座しています。
蛙鳴町の駅前広場には、今朝、大きな白地図が広げられていました。
4月7日。今日は「日本一周を計画してみる日」。ミニコーは色鉛筆を握りしめ、自分たちを中心とした円を、地図の上に一生懸命描き込んでいました。
蛙鳴町の西側に位置する「カエル山」。その中腹にある古い石垣の跡で、コポーは朝から必死に泥をこねていました。
4月6日。「城の日」にちなんで、彼は山道に「コポー城」を築城しようとしていたのです。
蛙鳴町の駅前広場。コポーは、エンジニアのスパイスが都会から取り寄せたという、最新の「感情翻訳バッジ」を胸につけて震えていました。
「スパイス、これをつければ……僕が女の子の前でモジモジしていても、僕の『真のカッコよさ』が自動的に翻訳されて伝わるんだな?」 「……理論上はな。対象の脳波と心拍数を解析し、最も適切な言語に変換してスピーカーから出力する。君の空回りするフラストレーションも、これで解消されるはずだ」
蛙鳴町の朝霧は、今日に限って少しだけ甘い匂いがしました。 4月1日。広場の中央では、マスクメンがかつてないほど直立不動で立ち尽くしていました。その隣には、つなぎの襟を正したエンジニアのスパイスが、ホログラムのリストを手にしています。
蛙鳴町の草原は、春の陽光を受けてキラキラと輝いていました。 今日は3月28日。ミニコーは、四つ葉ならぬ「黄金の三つ葉」を探して、地面をじっと見つめていました。
スパイスの工房に、手作りの電球が一個下がっていた。
「今日、点けてみる」
コポーとミニコーが見守る中、スパイスがスイッチを入れた。
フィラメントがゆっくり赤くなって、橙色の光が工房を満たした。
春彼岸のお墓参りの帰り道、コポーとミニコーが団子を食べながら歩いていた。
「先祖ってさ、カッコよかったのかな」
「どうだろ」ミニコーが串を回しながら言った。「兄ちゃんみたいに、不器用だったんじゃないかな」
スパイスが難しい顔で端末を見ていた。
「世界のどこかで、情報の扉が閉められようとしている。見えない壁が増えている」
ミニコーがシュークリームをほおばりながら「どんな壁?」と聞いた。
都会では朝から数字が騒がしかった。
「日経平均がまた下がったって……ミニコー、何円下がったか知ってる?」
「六千円以上だって」
モッチーが黙って大根を抱え直した。今日は龍神様の池への供え物の野菜を届ける日だった。重い。でも重さは、慣れている。
三月の風が駅前広場を吹き抜け、まだ開かない桜のつぼみが枝の先でぎゅっと身を縮めていた。
「……届かない」
ミニコーが踏み台代わりにした石の上から、掲示板の高い位置に向かって精一杯手を伸ばしていた。「ねえさんへの誕生日カード」と書かれた紙。住所の欄には「世界中のどこか」と書いてある。