陽が落ちきる少し前、龍神様の池の水面はまだ薄紅色を映していた。引き込み線の錆びたレールの上に、スパイスが小さな木の台をこつこつと据えている。指先ほどの折り紙——先端を丸くすぼめただけの、不格好な「ロケット」だ。輪ゴムの反動だけで飛ばす仕掛けらしい。
橋のたもとの小さな花壇で、ビピクは白い真綿をそっと持ち上げた。夜のうちに一輪の菊へ被せておいた綿を、朝いちばんに取り上げるのだと、前の晩から決めていた。
駅前の掲示板に、都会の売り場が配ったという古い当選番号表が一枚、画鋲で留められていた。朝の風で端がめくれ、細かい数字の列がさらさらと震えている。掲示板の下では、乾いた銀杏の葉が一枚、石畳の上を音もなく滑っていった。
夜明け前の龍神様の湖は、まだ闇と朝の境目に沈んでいた。切り立った北壁が黒々と水面に影を落とし、湖はどこまでも静かに、そして底知れず広く見える。桟橋に舫われた小舟の綱を、ソンチョーが黙ってといていた。
広場の隅、石を組んだかまどから立ちのぼる煙が、藍色に暮れかけた空へ細く溶けていく。網の上で弾ける油の音に混じって、炭のはぜる匂いが鼻先をくすぐった。
蛙鳴町の駅前広場に、真新しい風呂敷包みがひとつ、行儀よく置かれていた。夕暮れ前の噴水が朝より控えめな水音を立て、しだれ桜の影が長く伸びている。
夕暮れ時、石橋の欄干に西日が滲むように差し込んでいた。蛙鳴町を流れる川面は橙色に染まり、しだれ桜の葉が微かな水音に合わせて揺れている。
「見てくれよ、これ!」
秋の気配はまだ遠いのに、蛙鳴町の広場には妙な緊張感が漂っていた。
「今日は特別な記事を持ってきたぞ!」
ハッシーが翼をばたつかせながら、都会から運んできた新聞を石畳に広げる。義足で高く跳ぶ選手や、車椅子を巧みに操る選手たちの写真が、朝の光を受けて眩しく光っていた。
朝もやの残る蛙鳴町の駅前広場、龍神様の池から漂う仄かな水の匂いを乗せた風が吹き抜ける中、使われなくなった短い引き込み線の脇に、スパイスがしゃがみこんでいた。
龍神様の池の水面は鏡のように周りの景色を映し出し凪いでいた。石造りの橋のたもとで、コポーは短冊代わりの木の葉を睨みつけ、うんうんと唸っていた。
送り火の煙がまだ空にうっすら残る中、広場には見慣れない光の柱が三本、ぐらぐらと組み上がっていた。
「よし、点いた……! これで夜でも、僕の勇姿が皆に届く!」
蛙鳴町の空は、夕暮れの朱色を残したまま、少しずつ藍色に沈んでいく。池の水面は風もないのに小さく震え、蝉の声だけがいつもより遠く聞こえた。
「兄ちゃん、今日は町中みんな、声が小さいね」
橋の欄干を撫でる夕風には、線香と藁の焦げる匂いがかすかに混じっていた。石造りの橋のたもとに置かれた素焼きの皿の上で、コポーは震える左手にマッチを握りしめている。
夏の陽射しが照りつける昼下がり、コポーは池のほとりでせっせと笹の葉を編んでいた。
「これで……僕だけの船が完成するぞ!」
出来上がったのは、掌に収まるほどの小さな笹舟だった。帆の代わりに、ケロミの衣装の端切れをそっと立ててある。
朝靄の残る駅前広場に、ソンチョーの黒いシルクハットが朝日を跳ね返していた。いつものベンチで桜餅を頬張るその姿に、コポーが息を弾ませて駆け寄ってくる。
記録の蔵の奥、斜めに差し込む昼の光の中で、スパイスが棚の隅から取り出したのは、飴色に磨かれた小さな木箱でした。蓋を開けると、珠のひとつひとつが丸く艶を帯びた、古いそろばんが眠っています。
夏本番の白い陽が差し込む前、蛙鳴町の空気はまだ夜の名残でひんやりとしていました。石橋のたもとに立つ小さな鐘楼で、ソンチョーが古びた綱をそっと握っています。
夏の陽ざしが本格的な白さを帯びはじめた朝、ソンチョーの縁側では、緑のカーテンが心地よく揺れていました。這わせた蔓には、いぼだらけの実がいくつも重たげにぶら下がっています。
蝉の声が一段と高くなる頃、駅前広場のしだれ桜は影を長く伸ばし始めていました。
「よし……あと少しで、三時だ」
コポーは、朝から手をつけていた特製の「たい焼き」をそっと日陰に隠しながら、額の汗を拭っていました。渡す相手は、もちろんオヒサマです。
蝉の声が割れんばかりに響く蛙鳴町の軒先で、コポーは丸めた紙をぎゅっと握りしめていた。明日はいよいよ、龍神様の橋の欄干を磨く「渡り初め」の大役――大勢の前で口上を述べる、コポーにとって一世一代の晴れ舞台だ。