スパイスの工房に、手作りの電球が一個下がっていた。
「今日、点けてみる」
コポーとミニコーが見守る中、スパイスがスイッチを入れた。
フィラメントがゆっくり赤くなって、橙色の光が工房を満たした。
ハッシーの天気予報は、当たったためしがなかった。
「明日は大雨だ」と言った翌日は快晴。「晴れるぞ」と告げた日の午後には必ず雷が落ちた。
しかし今日だけは違った。
春彼岸のお墓参りの帰り道、コポーとミニコーが団子を食べながら歩いていた。
「先祖ってさ、カッコよかったのかな」
「どうだろ」ミニコーが串を回しながら言った。「兄ちゃんみたいに、不器用だったんじゃないかな」
誰もいないと思っていた。
ケロミが広場のしだれ桜の下で、発声練習の次に好きな歌を歌っていた。本番のためではなく、今日この瞬間のためだけに歌う時間。少し声が震えていたのは、花粉のせいではなかった。
日本がWBCで負けた夜、コポーが広場に座り込んでいた。
「負けた」
「負けたな」
タッチーが隣に来て、空を見上げた。星が出ていた。
「悔しい?」
「悔しい。でも……」
靴の日に、タッチーは新しい靴を買いに行って帰ってきた。
「どうだ。完璧なフォルムだろう」
コポーが覗き込んだ。靴は確かに高級そうだったが、タッチーの長すぎる足の先が、靴の一センチほど飛び出していた。
三月十四日。コポーは朝から計算していた。
「バレンタインにもらった分の、ちょうどいいお返しって何だ……」
スパイスが「3.14……円周率だ。割り切れない数字だ」と無表情に言った。
「スパイス! この装置、遠くと繋がるか?」
スパイスが手を止めた。コポーが工房の入り口で手を振っていた。
「遠くって、どこだ」
「まだ行ったことのない場所」
砂糖の日なのに、ソンチョーはお茶に砂糖を入れなかった。
「今日は苦いままがいい」
コポーが隣に座り、湯飲みを覗き込んだ。
「なんで? 苦いの嫌いじゃない?」
三月の風が広場を横切るたびに、ケロミはくしゃみをした。
「……っくし! っく……」
「大丈夫か?」
コポーが恐る恐る近づくと、ケロミが涙目で首を振った。声が出ないわけではないが、いつもの透き通った音とは違う。かすれた空気が、言葉の端にまとわりついていた。
三月の広場に、遠い都会からニュースが風に乗ってやってきた。
「満塁ホームランだって! 十三対ゼロで勝ったんだって!」
コポーが声を張り上げると、タッチーが長い足を組み替えて振り向いた。
啓蟄の朝、龍神様の池のほとりの土がもこもこと動いた。
「……春、だ」
ペーシャンが、大きな体をゆっくりと地面から持ち上げた。モチモチした背中に土が張りつき、枯れ葉のかけらがいくつか乗っかっていた。
三月の早い朝、コポーが裁縫道具を広げて眉間に皺を寄せていた。
「スパイスー、なんで針って二本あるんだ?」
「糸を通す穴と刺す先が別々だから。基礎知識だ」
龍神様の池の畔に、オヒサマの雛壇が静かに広がっていた。
七段の朱塗りの棚、金屏風に寄りかかったお内裏様とお雛様。桃の枝を飾った花瓶の横で、オヒサマが竹ぼうきで花びら一枚を払いながら眉をひそめた。
三月の朝霧がまだ龍神様の湖を覆っていた頃、スパイスは湖面を覗き込んで眉をひそめた。
「……揺れている」
彼の水波センサーの針が、かすかに、しかし規則正しく振れていた。遠い海の底から伝わってくる微振動——まるで誰かが巨大な太鼓を打ち続けているような波紋が、霧の奥から静かに広がっていた。