記録の蔵の窓から、池の光が斜めに差し込んでいた。五月に変わる前の最後の昼下がり。空気はぬるく、どこかに湿り気を含んでいた。
ケロミは楽譜の余白に鉛筆を走らせながら、何度も同じ小節で止まっていた。消しゴムをかける。また書く。机の上には消しカスが小さな丘になっていた。十年後も残る歌を書こうと決めたのは先週だったが、その「書く」という行為が今日はやけに手を縛っていた。
蛙鳴町奇譚:次の誰かへ # 春の霞が池を包んでいた。
龍神様の湖から流れてくる朝の空気はまだほんのり冷たく、コポーは荷物袋を両手に抱えながら石橋の上を小走りで渡っていた。
蛙鳴町奇譚:いちばん長い帰り道 # 四月の朝は、池の面がきらきらと光って目を細めたくなるほど眩しかった。
龍神様の池の畔に、春の陽が均等に降りていた。
「試験放送、テスト……」
スパイスが廃材のダイオードとアルミ板を組んだ装置のつまみを回しながら、白いコートの袖をまくり上げた。几帳面に並べられた基板の上で、細い針が右へ右へと揺れている。「この周波数なら、蛙鳴町全域に届く」
蛙鳴町の駅前広場には、今朝、大きな白地図が広げられていました。
4月7日。今日は「日本一周を計画してみる日」。ミニコーは色鉛筆を握りしめ、自分たちを中心とした円を、地図の上に一生懸命描き込んでいました。
蛙鳴町の西側に位置する「カエル山」。その中腹にある古い石垣の跡で、コポーは朝から必死に泥をこねていました。
4月6日。「城の日」にちなんで、彼は山道に「コポー城」を築城しようとしていたのです。
蛙鳴町の朝は、清明の名にふさわしく、透き通った光に満ちていました。 4月5日。この日は「ヘアカットの日」でもあります。エンジニアのスパイスは、広場に不思議な銀色の板を設置していました。
蛙鳴町の西の空が、燃えるようなオレンジ色から深い群青へと溶け始めていました。 4月4日。今夜、太陽に最も近づき、その熱で自らを壊そうとしている「マップス彗星」が、地平線ぎりぎりに見えるはずだと、町の人々は色めき立っていました。
蛙鳴町を流れる小さな川には、古びた石造りの橋がかかっています。 4月3日。今日は「日本橋開通記念日」にちなみ、町では橋の汚れを落とす「橋洗い」が恒例行事となっていました。
蛙鳴町の駅前広場には、今夜、不思議な「境界線」が引かれていました。 3月31日。年度の終わりを告げる風が吹く中、エンジニアのスパイスは、古びた蔵の入り口に、特製のホログラム・プロジェクターを設置していました。
春の陽光が、蛙鳴町の駅前広場に柔らかな影を落としていました。 3月30日。広場の隅では、コポーが自作の「カエル天下取り地図」を広げ、真剣な眼差しで独り言を呟いていました。
夜明け前の蛙鳴町は、深い霧に包まれていました。 3月29日。カレンダーに「作業服の日」と記された今日、エンジニアのスパイスは、いつものつなぎ(作業服)の袖を捲り上げ、龍神様の湖へと続く水路の点検に勤しんでいました。
蛙鳴町の草原は、春の陽光を受けてキラキラと輝いていました。 今日は3月28日。ミニコーは、四つ葉ならぬ「黄金の三つ葉」を探して、地面をじっと見つめていました。
春の嵐が過ぎ去り、蛙鳴町の空気は洗われたように澄み渡っていました。 今日は3月27日。カレンダーには「さくらの日」と記され、町のあちこちでピンク色の蕾が誇らしげに膨らんでいます。
誰もいないと思っていた。
ケロミが広場のしだれ桜の下で、発声練習の次に好きな歌を歌っていた。本番のためではなく、今日この瞬間のためだけに歌う時間。少し声が震えていたのは、花粉のせいではなかった。
午後二時四十六分、町が静かになった。
広場の住人も、池のほとりで立ったままでいるコポーも、橋の欄干にもたれたタッチーも、それぞれの場所でしばらく動かなかった。
三月の朝、ビピクがしだれ桜の下に立っていた。
姿勢は完璧だった。角度も、表情も、指先の形も。でも今日だけは、誰も見ていない場所でそれを維持していた。
三月の風が広場を横切るたびに、ケロミはくしゃみをした。
「……っくし! っく……」
「大丈夫か?」
コポーが恐る恐る近づくと、ケロミが涙目で首を振った。声が出ないわけではないが、いつもの透き通った音とは違う。かすれた空気が、言葉の端にまとわりついていた。