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ケロミ

2026

書けなかった音

記録の蔵の窓から、池の光が斜めに差し込んでいた。五月に変わる前の最後の昼下がり。空気はぬるく、どこかに湿り気を含んでいた。 ケロミは楽譜の余白に鉛筆を走らせながら、何度も同じ小節で止まっていた。消しゴムをかける。また書く。机の上には消しカスが小さな丘になっていた。十年後も残る歌を書こうと決めたのは先週だったが、その「書く」という行為が今日はやけに手を縛っていた。

生放送の午後

龍神様の池の畔に、春の陽が均等に降りていた。 「試験放送、テスト……」 スパイスが廃材のダイオードとアルミ板を組んだ装置のつまみを回しながら、白いコートの袖をまくり上げた。几帳面に並べられた基板の上で、細い針が右へ右へと揺れている。「この周波数なら、蛙鳴町全域に届く」

ワンヘルスの祈りと、未完の地図

蛙鳴町の駅前広場には、今朝、大きな白地図が広げられていました。 4月7日。今日は「日本一周を計画してみる日」。ミニコーは色鉛筆を握りしめ、自分たちを中心とした円を、地図の上に一生懸命描き込んでいました。

崩れゆく星と、丸い幸せ

蛙鳴町の西の空が、燃えるようなオレンジ色から深い群青へと溶け始めていました。 4月4日。今夜、太陽に最も近づき、その熱で自らを壊そうとしている「マップス彗星」が、地平線ぎりぎりに見えるはずだと、町の人々は色めき立っていました。

声が出ない歌姫

三月の風が広場を横切るたびに、ケロミはくしゃみをした。 「……っくし! っく……」 「大丈夫か?」 コポーが恐る恐る近づくと、ケロミが涙目で首を振った。声が出ないわけではないが、いつもの透き通った音とは違う。かすれた空気が、言葉の端にまとわりついていた。