四月の午後、池の面が橙色に染まりはじめる時間になると、コポーは広場の隅で一個のオレンジを両手に抱えて立ち尽くしていた。
「渡すだけだ。ただ渡す。それだけだ。それだけなんだ……」
蛙鳴町の駅前広場。コポーは、エンジニアのスパイスが都会から取り寄せたという、最新の「感情翻訳バッジ」を胸につけて震えていました。
「スパイス、これをつければ……僕が女の子の前でモジモジしていても、僕の『真のカッコよさ』が自動的に翻訳されて伝わるんだな?」 「……理論上はな。対象の脳波と心拍数を解析し、最も適切な言語に変換してスピーカーから出力する。君の空回りするフラストレーションも、これで解消されるはずだ」
三月十四日。コポーは朝から計算していた。
「バレンタインにもらった分の、ちょうどいいお返しって何だ……」
スパイスが「3.14……円周率だ。割り切れない数字だ」と無表情に言った。
龍神様の池の畔に、オヒサマの雛壇が静かに広がっていた。
七段の朱塗りの棚、金屏風に寄りかかったお内裏様とお雛様。桃の枝を飾った花瓶の横で、オヒサマが竹ぼうきで花びら一枚を払いながら眉をひそめた。