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蛙鳴町奇譚

2026

256番目の灯り

夜更けの工房には、スパイスの古い端末だけが青白く光っていた。画面の隅で、数字がひとつ増えるたびに小さく明滅する。 「256……あと少しだ」 スパイスは呟きながら、記録の蔵から借りてきた古いプログラムを打ち込み続けていた。町の水位や龍神様の湖の水温を、毎日淡々と記録し続ける仕掛けだ。

折り紙ロケット

陽が落ちきる少し前、龍神様の池の水面はまだ薄紅色を映していた。引き込み線の錆びたレールの上に、スパイスが小さな木の台をこつこつと据えている。指先ほどの折り紙——先端を丸くすぼめただけの、不格好な「ロケット」だ。輪ゴムの反動だけで飛ばす仕掛けらしい。

石樋をさらう日

朝からの風が、しだれ桜の枝を落ち着きなく鳴らしていた。川沿いの草はいっせいに同じ向きへ倒れ、空の高いところを、ちぎれた雲が足早に流れていく。 橋の下で、スパイスが石造りの樋(とい)に半身を突っ込んでいた。夏のあいだに溜まった枯れ葉と泥を、細い熊手で少しずつかき出している。

十箇条の清書

まだ人気のない駅のホームの端、時刻表の柱の下で、マスクメンは藁半紙を石畳に広げていた。手には短い鉛筆。 「せ、正義のヒーロー心得、その一……」 覆面の目の穴から覗く視線が、紙の上をぎこちなく這う。書いては止まり、書いては指先で押さえて直す。「正」の字の、最初の一本の横棒が、どうしても右へ反り返ってしまう。何度なぞっても匕首みたいに曲がる。徹夜で書き上げた十箇条を清書しようというのに、一文字目から情けなかった。

白く光る朝露

まだ空が青黒く沈んでいる頃、コポーは川原の草の上に大の字に倒れていた。何百回目かの宙返りの、着地に失敗した恰好のまま、しばらく動けずにいる。 顔にかかった草の葉先が、いつもの生ぬるい夏の湿り気とは違う、ひやりとした重みを持っていた。指で触れると、葉先に小さな粒がいくつも並んでいる。今朝の露は、心なしか白く光って見えた。

夜を沈めた黒

朝のうちだけ、九月の池は鏡のように静まる。金木犀にはまだ早く、風は葉裏の匂いだけを運んでいた。 その静けさを裂くように、スパイスが都会から届いた小箱を工房の机に広げた。中には手のひらほどの布が一枚。