ハッシーの天気予報は、当たったためしがなかった。
「明日は大雨だ」と言った翌日は快晴。「晴れるぞ」と告げた日の午後には必ず雷が落ちた。
しかし今日だけは違った。
世界水の日に、スパイスが龍神様の湖の水質データを読み上げた。
「透明度、pH、溶存酸素量——すべて正常範囲内。この町の水は、今も清潔だ」
ソンチョーが湖面を見ながら言った。
春彼岸のお墓参りの帰り道、コポーとミニコーが団子を食べながら歩いていた。
「先祖ってさ、カッコよかったのかな」
「どうだろ」ミニコーが串を回しながら言った。「兄ちゃんみたいに、不器用だったんじゃないかな」
春分の日は、昼と夜の長さがほとんど同じになる。
ビピクがしだれ桜の下でヨガのポーズを整えながら、ソンチョーに聞いた。
「完璧でも不完全でもない日って、あると思う?」
誰もいないと思っていた。
ケロミが広場のしだれ桜の下で、発声練習の次に好きな歌を歌っていた。本番のためではなく、今日この瞬間のためだけに歌う時間。少し声が震えていたのは、花粉のせいではなかった。
日本がWBCで負けた夜、コポーが広場に座り込んでいた。
「負けた」
「負けたな」
タッチーが隣に来て、空を見上げた。星が出ていた。
「悔しい?」
「悔しい。でも……」
スパイスが端末を見つめたまま動かなかった。
「……生体分子が確認された」
遠い宇宙の小惑星から持ち帰ったサンプルの中に、生命を作る分子が含まれていた。都会の研究者たちが、震える声で発表していた。
三月十六日の朝、モッチーは夜明けから台所で団子をこねていた。
ひとつ、ふたつ……十六個。数えながら、丁寧に、均等な大きさに丸めた。
「龍神様への春の供え物だ」
靴の日に、タッチーは新しい靴を買いに行って帰ってきた。
「どうだ。完璧なフォルムだろう」
コポーが覗き込んだ。靴は確かに高級そうだったが、タッチーの長すぎる足の先が、靴の一センチほど飛び出していた。
三月十四日。コポーは朝から計算していた。
「バレンタインにもらった分の、ちょうどいいお返しって何だ……」
スパイスが「3.14……円周率だ。割り切れない数字だ」と無表情に言った。
「スパイス! この装置、遠くと繋がるか?」
スパイスが手を止めた。コポーが工房の入り口で手を振っていた。
「遠くって、どこだ」
「まだ行ったことのない場所」
スパイスが難しい顔で端末を見ていた。
「世界のどこかで、情報の扉が閉められようとしている。見えない壁が増えている」
ミニコーがシュークリームをほおばりながら「どんな壁?」と聞いた。
午後二時四十六分、町が静かになった。
広場の住人も、池のほとりで立ったままでいるコポーも、橋の欄干にもたれたタッチーも、それぞれの場所でしばらく動かなかった。
砂糖の日なのに、ソンチョーはお茶に砂糖を入れなかった。
「今日は苦いままがいい」
コポーが隣に座り、湯飲みを覗き込んだ。
「なんで? 苦いの嫌いじゃない?」
都会では朝から数字が騒がしかった。
「日経平均がまた下がったって……ミニコー、何円下がったか知ってる?」
「六千円以上だって」
モッチーが黙って大根を抱え直した。今日は龍神様の池への供え物の野菜を届ける日だった。重い。でも重さは、慣れている。
三月の朝、ビピクがしだれ桜の下に立っていた。
姿勢は完璧だった。角度も、表情も、指先の形も。でも今日だけは、誰も見ていない場所でそれを維持していた。
三月の風が広場を横切るたびに、ケロミはくしゃみをした。
「……っくし! っく……」
「大丈夫か?」
コポーが恐る恐る近づくと、ケロミが涙目で首を振った。声が出ないわけではないが、いつもの透き通った音とは違う。かすれた空気が、言葉の端にまとわりついていた。
三月の広場に、遠い都会からニュースが風に乗ってやってきた。
「満塁ホームランだって! 十三対ゼロで勝ったんだって!」
コポーが声を張り上げると、タッチーが長い足を組み替えて振り向いた。
啓蟄の朝、龍神様の池のほとりの土がもこもこと動いた。
「……春、だ」
ペーシャンが、大きな体をゆっくりと地面から持ち上げた。モチモチした背中に土が張りつき、枯れ葉のかけらがいくつか乗っかっていた。
三月の早い朝、コポーが裁縫道具を広げて眉間に皺を寄せていた。
「スパイスー、なんで針って二本あるんだ?」
「糸を通す穴と刺す先が別々だから。基礎知識だ」