蛙鳴町の川面は、まだ夏の名残でぎらぎらと光っていた。石橋のたもとに立つハッシーは、片翼をそっと持ち上げ、目を細めている。
「……今日で終わりだな、この重たい熱は」
低く呟くハッシーの翼の付け根には、都会の空を飛び回っていた頃の古傷がある。長年、その疼きが天気の変わり目を正確に告げてきた。今日の疼き方は、いつもと少し違う――鋭さより、安堵に近い痛みだった。
欄干に腰掛けたケロミが、扇であおぎながら首をかしげる。
「ハッシー、また変わり目を当てるの? まだこんなに暑いのに」
「風の底に、もう秋の匂いが混じってる。夕方になればわかるさ」
ケロミは肩をすくめ、それでも何気なく喉を整えると、川面に向かって鼻歌を歌い始めた。ただ暑さに疲れた町の空気をほぐすような、気まぐれなメロディーだった。
不思議なことに、鼻歌が響くたびに、川を渡る風がひとひら涼しさを増していくようだった。ケロミ自身は気づいていない。ただ「みんな涼しくなるといいな」と思っただけだった。
夕暮れが近づく頃、ハッシーの疼きはすっかり凪いだ。かわりに赤とんぼが一匹、また一匹と、傾いた光の中を横切っていく。
「ほら、な」
ハッシーが誇らしげに翼を広げると、ケロミが小さく拍手した。
「じゃあ今夜は、少し早く布団を出してもいいかもね」
二人は、名残惜しそうな夏の熱と、忍び寄る秋の気配が入り混じる橋の上で、しばらく並んで夕焼けを眺めていた。
余白: その夜、ケロミの鼻歌の続きを、誰も覚えていなかった。ただ川辺の稲穂だけが、心なしか涼しげに揺れていた。
【本日の雫】
- 処暑:二十四節気の一つで、厳しい暑さが峠を越え、朝夕に涼しい風が吹き始める頃を指す。2026年は8月23日。