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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

豆電車の鈴

朝もやの残る蛙鳴町の駅前広場、龍神様の池から漂う仄かな水の匂いを乗せた風が吹き抜ける中、使われなくなった短い引き込み線の脇に、スパイスがしゃがみこんでいた。

「……よし、これで動くはずだ」

油まみれの指先が、都会のジャンク屋から拾ってきた小さな車輪と、古い乾電池を握りしめている。組み上げているのは、掌に乗るくらいの豆粒電車――かつて祭りの夜だけ広場を走ったという「豆電車」の残骸だった。

しだれ桜の下、古い美術全集を抱えたソンチョーが、「フェっフェっ」と笑いながら近づいてきた。

「懐かしいのう。儂が旅をしておった頃、異国の路面電車に何度助けられたことか。速さより、乗り遅れた者を待つ間(ま)が、あの乗り物にはあった」

「待つ間、ですか」

スパイスは配線を止めた指先で豆電車のベルにそっと触れる。カチン、と乾いた音がした。

そこへ羽音を立てて舞い降りたのは、ハッシーだった。くちばしに挟んでいたのは、都会の古新聞の切れ端――色褪せた路面電車の写真が載っている。

「スパイス、これを見ろ。遠い街にも、昔はこういう電車が走っていたらしいぞ」

「へえ……速さを競う時代に、わざわざゆっくり走る乗り物、か」

スパイスが最後のねじを締めると、豆電車はコトンと動き出した。ちんちんと小さな鈴が鳴り、錆びたレールの上を、歩くよりも遅い速さで進んでいく。広場をぐるりと回るだけの、短い旅。それでも豆電車は律儀に、鈴を鳴らしながら進み続ける。

「急がなくていいというのは、案外難しいことじゃ」

ソンチョーがつぶやくと、ハッシーが小さく頷き、豆電車の後を追うよう跳ねて進んだ。スパイスはその光景を、油だらけの手のまま、いつまでも見送っていた。

余白: その夜、誰もいない広場で、豆電車のベルだけが一度だけ、小さく鳴った。

【本日の雫】

  • チンチン電車の日:1903年8月22日、京都市で日本初の本格的な路面電車が営業運転を開始したことに由来する記念日。
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