駅前広場に、真新しい噴水が据えられていた。スパイスが古い灌漑ポンプの部品を組み替えて仕上げたもので、朝からしぶきが陽光を弾いて宙に散っている。
「本日、噴水の警備、開始します」
マスクメンは覆面の内側に汗が滲むのも構わず、直立不動で水辺に群がる子どもたちを見守っていた。水しぶきが時折、頑丈な布地に染み込んでも、その場を一歩も動かない。
すぐそばでは、ビピクが噴水を背に、水しぶきの描く弧を確かめながら微笑みの角度を整えていた。だが不規則に舞う水滴が、せっかく整えた前髪をあっさり乱していく。
「もう……せっかくの完璧な髪が」
苦笑いしたビピクの前髪から、雫がひとつ、頬を伝って落ちた。マスクメンはとっさに、覆面の内側に忍ばせていた手拭いを差し出そうとして、手を止めた。誰かに何かを分け与えるとき、必ずしも自分の姿まで差し出す必要はない――ふとそんな考えが、今朝ハッシーが運んできた新聞の隅の記事と重なった。都会では、見知らぬ誰かのために体温の残る血を分け合う日なのだという。
代わりにマスクメンは、ホームで涼を放つキリガミネンにそっと目配せをした。白い巨体がゆっくりと近づき、そのひんやりとした体をビピクのそばへ寄せる。乱れた髪にこもっていた熱が、音もなく引いていった。
「……ありがとう。誰かの依頼かしら」
ビピクは水面に映る自分の、ほどけた前髪をしばらく見つめた。整いきらなかった自分の姿が、思いのほか悪くないと気づく。マスクメンは覆面の下で小さく頷き、また噴水の前に向き直った。誰の目にも留まらない親切こそ、自分に一番似合う気がした。
しぶきの向こうに虹がひとすじ薄く揺れ、誰にも気づかれないまま、また水面へ溶けていった。
余白: その日の夕方、キリガミネンが立っていたホームの床にだけ、小さな水たまりがひとつ、いつまでも乾かずに残っていた。
【本日の雫】
- 献血記念日:1964年8月21日、日本政府が輸血用血液を献血によって確保する体制の確立を閣議決定した記念日。
- 噴水の日:1877年8月21日、東京・上野公園の人工池に日本初の西洋式噴水が作られたことにちなむ記念日。