龍神様の池の水面は鏡のように周りの景色を映し出し凪いでいた。石造りの橋のたもとで、コポーは短冊代わりの木の葉を睨みつけ、うんうんと唸っていた。
「決まった……! 『黄金の 我が輝きよ 空を裂け』……どうだ、カッコいいだろミニコー!」
新聞紙を畳んで団扇にしていたミニコーが、羽ばたく蝶を目で追いながら涼しく答える。
「兄さん、それ季語が入ってないよ。それに今日は『俳句の日』だからって、そんなに気張らなくても」
「俳句の日……?」
「うん。橋を渡る前に一句詠んで、欄干の下に小石を沈める町の習わし、知らないの? 水の底に沈んで消える言葉だから、誰にも見られなくていいんだって」
コポーは葉っぱの短冊をくしゃりと握りつぶした。誰にも見せなくていい言葉なら、格好つける意味がない――そう思った途端、書くことがひとつも思い浮かばなくなった。
しだれ桜の陰で、ソンチョーが古びた句集をぱらりとめくりながら「フェっフェっ」と笑った。
「小僧、言葉を削ぎ落とす稽古じゃよ。十七文字、余計なものは全部捨ててみい。……その団扇の風で葉が揺れる音、聞こえるか」
コポーは黙って耳を澄ませた。葉擦れの音、遠くの蝉の声、池の水面を渡る風。飾る言葉がひとつも要らないことに、少しだけ気づいた気がした。
小石を拾い、震える手で「僕黙る木の葉を揺らす秋風よ」と書きつける。橋の下にそっと沈めると、水紋がゆっくりと広がって、また元の凪に戻った。
「……悪くない」ソンチョーがうなずく。「輝きたい気持ちを消す必要はない。ただ、時々黙ってみるのも悪くなかろう」
夕焼けが池を朱に染めるころ、コポーは誰にも見せられない一句を胸に、少しだけ背筋を伸ばして家路についた。
余白: 翌朝、池の底からコポーの小石を拾い上げたミニコーは、それを誰にも見せずにそっと戻した。
【本日の雫】
- 俳句の日:8月19日は「は(8)い(1)く(9)」の語呂合わせにちなんで制定された記念日。