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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

八十八の手間

夏の終わりの陽射しが、駅前広場の隅に積まれた俵をじりじりと炙っていた。

コポーは新米の俵に鼻を寄せ、「早く食べたいなあ」と腹の虫を鳴らしていた。しかし俵の傍らには、まだ乾ききらぬ稲穂の束を背負ったペーシャンが、モチモチの背をどっしりと下ろしている。

「乾くまで、待つ」

短い一言に、コポーは唇を尖らせた。「待つのって、苦手なんだよなあ……」

そこへ、長い脚を折り曲げてしゃがみ込んだタッチーが、俵の縄目をそっと撫でながら口を開いた。

「一粒の米には、八十八の手間がかかっていると聞くな。……僕の靴の中敷きと同じさ。誰も見ていないところで、幾つも積み重ねてはじめて、一つの形になる」

キザな物言いに、コポーは思わず「え、タッチーの靴と米が同じなの?」と噴き出す。だがタッチーは涼しい顔で靴先を伸ばし、「そうさ。見える部分より、見えない手間の方が、ずっと多いものなんだよ」と言い切った。

ペーシャンが背中の稲穂をそっと下ろし、「これも、土からずっと、時間をかけて、来た」と、地面を撫でるように呟く。その声には、冬の間ずっと土の中で春を待った、あの静けさが滲んでいた。

コポーは俵に触れ、ざらついた籾の感触を指先で確かめた。今すぐ食べたい気持ちはまだ胸の奥にあったが、それでも「……八十八回、ちゃんと数えてみようかな」と小さく呟いて、ペーシャンの隣に腰を下ろした。

夕暮れの風が稲穂を揺らし、まだ青い匂いの残る束から、微かに土の匂いが立ち上った。

余白: その夜、コポーの枕元には乾いた稲穂が一本置かれていた。差出人の名前はなかったが、タッチーの靴には心なしか新しい傷が一つ増えていた。

【本日の雫】

  • 米の日: 毎月18日は「米の日」。漢字の「米」を分解すると「八十八」となることから、稲作には八十八の手間がかかるという言い伝えにちなみ、お米への感謝を込めて制定された記念日。
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