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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

十六番目の茶葉

蛬の声に混じって、川原には薄く煙の匂いが漂い始めていた。送り火の支度をする人々の影が、夕暮れの土手に長く伸びている。龍神様の池を渡ってきた風が、まだ夏の熱を少しだけ残していた。

「これでよし……十五、十六!」

スパイスの工房の縁側に並んだ小瓶を、指先で弾くように数えていく。乾いた葉、刻んだ根、干した花びら——一年かけてモッチーが運んできた蛙鳴町の恵みを、彼は自作の焙煎機で一つずつ煎じていた。

「今日中に十六種、間に合わせるからな。効率よく、無駄なく仕上げる」

「……無駄なく、か」

土だらけの籠を抱えたモッチーが、細い目をさらに細めて笑う。

「けど、これ、去年枯れたおばあの柿の木から採った葉も混ぜたんだろ? 効率だけなら、そんな古い葉、要らないはずだ」

スパイスの手が一瞬止まった。焙煎機の小さな火が、彼の耳をほんの少し赤く照らす。

「……送り火の夜くらい、無駄があってもいいだろう」

モッチーは何も言わず、泥だらけの手で最後の一瓶を差し出した。それは、去年の夏に亡くなった祖母を看取った老人から預かった、名も知らぬ野の花の乾燥花びらだった。

橋の向こうでは、ケロミの歌声が風に乗って川面を渡っていく。今日だけは誰も帰ってこない者たちのために、少しだけ低く、優しい旋律だった。土手に並んだ送り火が一つずつ灯ると、スパイスは煎じ上がった十六種の茶を、集まった住人たちの湯呑みに注いで回った。

モッチーがそれを一口すすり、ゆっくりと目を閉じる。

「土のものは、時間をかけて芽を出す。……この味も、そうだ」

スパイスは照れくさそうに鼻の頭を掻き、焙煎機の火をそっと落とした。効率だけでは煎じられない十六番目の香りが、送り火の煙と一緒に、藍色の夜空へ静かに溶けていった。

余白: 縁側には、誰も座っていない一客の湯呑みが、いつまでも湯気を立てていた。

【本日の雫】

  • 十六茶の日: 2018年にアサヒ飲料が制定した記念日。16種の健康素材をブレンドしたお茶を多くの人に親しんでもらうことが目的。
  • お盆の送り火: 旧暦7月16日の行事を月遅れで8月16日に行う地域が多く、お盆に迎えた先祖の霊を送り出す火を焚く風習。京都の五山送り火などが有名。
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