メインコンテンツへスキップ
  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

灯籠が運ぶ声

蛙鳴町の空は、夕暮れの朱色を残したまま、少しずつ藍色に沈んでいく。池の水面は風もないのに小さく震え、蝉の声だけがいつもより遠く聞こえた。

「兄ちゃん、今日は町中みんな、声が小さいね」

ミニコーが古びた新聞の切り抜きを畳みながら呟いた。見出しには「終戦から八十一年」の文字。コポーはいつもの得意げな笑みを引っ込め、手にした紙をぎこちなく折っていた。折り目はどれも歪んでいる。

「フェっフェっ……その折り方じゃ、灯りは池の真ん中まで辿り着けんぞ」

しだれ桜の下から現れたソンチョーが、コポーの隣にしゃがみ込んだ。長い旅の果てに剣を置いた男の指は、驚くほど丁寧に紙の角を合わせていく。その横顔から、いつもの笑い声は消えていた。

「ソンチョーさんも、昔は……」

コポーが言いかけて口をつぐむ。ソンチョーは答える代わりに、折り上げた灯籠にそっと火を灯した。橙色の光が、皺の刻まれた指先を照らす。

「壮大な誓いより、隣の奴と分け合う灯り一つの方が、よほど遠くまで届く。わしはそれを、この町で知った」

やがて町の住人たちが池のほとりに集まり、一つ、また一つと灯籠を水面へ送り出していく。龍神様への「争わない」という古い約束を確かめるように、灯りの列は静かに橋の下へと吸い込まれていった。

コポーは自分の歪んだ灯籠が、誰よりも遠くまで流れていくのを、黙って見送った。目立ちたがりの少年が、この夜だけは自分の灯りを誇ることをしなかった。

余白: 翌朝、橋の欄干にはコポーの折り損じた灯籠がひとつ、誰かの手でそっと立てかけられていた。

【本日の雫】

  • 終戦記念日: 1945年8月15日の終戦を受け、戦没者を追悼し平和を祈念する日。2026年で81年目を迎える。
  • 月遅れ盆: 旧暦の盂蘭盆を新暦で1か月遅らせて行う地域の風習。灯籠流しなどの行事が各地で営まれる。
PR