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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

覆面と素足

蛙鳴町の龍神様の池は、蝉時雨に包まれながらも、水面だけがひんやりと涼を保っていた。今日は年に一度の「みんな泳ぎの日」——子どもたちが橋の下の浅瀬で水しぶきを上げる、夏いちばんの賑わいの日だ。

「よ、よし……今日ばかりは、これを脱がねばならん」

警備隊の詰所で、マスクメンは自分のブーツの紐をじっと見つめていた。覆面の奥の目が、心なしか泳いでいる。水難事故を防ぐため、監視役は素足で池の底を確かめて回るのが決まりだ。だが誰にも素顔を見せたことのないマスクメンにとって、靴を脱ぐことは覆面を外すのと同じくらいの覚悟がいる。

「そんなに怖がらんでも、足の裏なんて誰も見とらんよ」

土手の上で丸くなっていたペーシャンが、のっそり起き上がって言った。彼はとうに靴どころか何も履いていない。分厚い足の裏は、冬を土の中で過ごした証だ。「わしはむしろ、裸足の方が地面が喋りかけてくる気がしてなあ。今日みたいな日は特にの」

マスクメンは意を決してブーツを脱ぎ、恐る恐る池の縁に足をつけた。ひやりとした水と、柔らかい泥の感触。想像していたよりずっと心細く、それでいて、どこか懐かしい安心感があった。

「ヒヤッ……ちょうどいい仕事、持ってきたぞ」

橋のたもとから、キリガミネンが白い体をゆっくり引きずって現れた。抱えた木箱には氷がぎっしり詰まっている。彼が横たわるだけで、あたり一帯の空気がわずかに冷たくなった。子どもたちが歓声をあげて集まってくる。

マスクメンは冷たい氷を一つもらい、火照った素足に押し当てた。覆面越しに、小さな笑い声が漏れる。靴を脱いだだけなのに、いつもより少しだけ、町の空気に近づけた気がした。

余白: その夜、マスクメンは詰所の日誌に「素足哨戒、異常なし」とだけ書き足し、ブーツを脱いだまま眠った。

【本日の雫】

  • 裸足の記念日: 「8(は)1(だ)4(し)」の語呂合わせから制定された8月14日の記念日。
  • 水泳の日: もとは「国民皆泳の日」として2014年に制定され、後に改称された8月14日の記念日。
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