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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

左手の迎え火

橋の欄干を撫でる夕風には、線香と藁の焦げる匂いがかすかに混じっていた。石造りの橋のたもとに置かれた素焼きの皿の上で、コポーは震える左手にマッチを握りしめている。

「くっ……なんで今年に限って、火が付かないんだ……」

いつもは右手で難なくやってのける迎え火の点火なのに、今日のコポーはわざわざ左手に持ち替えていた。理由は単純で、昨日ミニコーが見せてくれた都会の新聞に「左利きの日」という記事があり、「不便を知ることが、誰かへの優しさになる」と書いてあったからだ。頭では分かっていても指先はいうことを聞かず、マッチはあっけなく折れて、池の方へ音もなく落ちていく。

「フェっフェっ、そう慌てるでない」

しだれ桜の陰から現れたソンチョーが、皿の脇にゆっくりとしゃがみ込んだ。節くれ立った指で新しいマッチを一本、コポーの左手にそっと握らせる。

「利き手も利き腕も違う、それでよいのじゃ。迎え火は、うまく点けることが大事なんじゃない。誰かを想って、あきらめずに擦り続けることが大事なんじゃよ」

ソンチョーの声に合わせて、コポーはもう一度マッチを擦った。何度目かの火花の後、ようやく小さな炎が藁に移る。頼りなく揺れながらも、それはしっかりと立ち上がった。橙色の光が二匹の横顔を照らし、池の水面にゆらゆらと映り込む。

「……届くといいな。目には見えない誰かに」

コポーが小さく呟いた声を、ソンチョーは拾わなかったふりをして、ただ静かに炎を見つめていた。

余白: その晩、コポーは右手でも同じだけマッチを擦る練習をしていたが、それを見た者は誰もいなかった。

【本日の雫】

  • 月遅れ盆迎え火: お盆の初日の夕方に、玄関先などで火を焚いて祖先の霊を迎える、旧暦から新暦に移された伝統行事。
  • 国際左利きの日: 左利きの人々への理解を深めるために制定された8月13日の国際的な記念日。
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