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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

山の日、覆面のまま

朝からじりじりと照りつける日差しが、カエル山の坂道を白く炙っていた。石段の隙間からせり出した夏草の匂いと、遠くの蝉時雨。

「……くっ、ここは俺の担当区域だ。逃げるわけにはいかん」

マスクメンは、汗でぐっしょり湿った覆面の縁を指先で押さえながら、山道の標識を一本一本確かめていた。今日の見回り当番——休憩所までの道に危ないところがないか確かめるのが、警備隊としての仕事だった。

「……ついて来ちゃった」

後ろから、息を切らしたビピクが現れた。日傘もサングラスもない、ただの登山靴とタオル一枚の姿。「完璧なビピク」を知る誰もが驚くような、汗みずくの顔だった。

「休め。無理は禁物だ」 マスクメンが差し出した水筒に、ビピクは素直に口をつける。

「ねえ、マスクメン。そんなに暑いのに、どうして覆面、外さないの?」 「……隠すことでしか、守れないものがあるからだ」 低く答えた声の下で、汗が一筋、顎を伝う音が聞こえた気がした。

坂の途中、大きな影がぬっと道を塞いだ。ペーシャンだった。モチモチの背を丸め、「座ってて、いい」と短く言うと、そのまま日陰を作るように寝そべった。

二人はその背にもたれ、遠く霞む町を見下ろした。緑の匂いと、ペーシャンの体から立ちのぼる土の匂いが混じり合う。

「私、ずっと『完璧な顔』でいなきゃって思ってた。……でも、あなたは顔を隠すことで、ちゃんと自分でいられるのね」

ビピクがぽつりと呟くと、マスクメンは何も答えず、ただ耳の先を赤くして、標識の文字をもう一度指でなぞった。

山頂近くの風が、二人の汗をゆっくり乾かしていく。遠くで龍神様の湖が、鏡のように光っていた。

余白: その夜、標識の裏に「十二条:隠れても、隣にはいられる」という一文が、几帳面な字でそっと刻まれていた。

【本日の雫】

  • 山の日: 8月11日。「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」ことを趣旨として2014年に法律で制定され、2016年から国民の祝日として施行された。
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