朝の駅前広場に、乾いた土の匂いが立ちのぼっていました。コポーは拾ったばかりの毬——龍神様の祭りで使われる、藁を編んで作った古い手毬——を握りしめ、力いっぱい振りかぶります。
「見てろよ、この一投で……ケロミの視線、釘付けにしてやる!」
ちょうど橋のたもとで喉慣らしをしていたケロミが振り返った瞬間、毬は狙いを外れ、しだれ桜の茂みへ吸い込まれました。
「あーあ。かっこつけるから、そうなるのよ」
呆れた声で茂みから毬を拾い上げたのは、朝の散歩の途中だったオヒサマでした。「期待しないで待っててあげようと思ったのに、この有様なんだから」
つんとそっぽを向きながらも、オヒサマは毬をコポーへ軽く投げ返します。ふわりと弧を描いたそれは、力の抜けた優しい放物線でした。コポーは慌てて両手を伸ばし、ぽすん、と胸に抱きとめます。掌に伝わる藁の乾いた感触と、かすかな土の温もり。
「……オヒサマの方が、うまいじゃんか」
「あんたが力任せに投げるからでしょ。ちゃんと相手が受け取れるように投げなさいよ」
くすくす笑いながら歩み寄ったケロミが、毬を受け取ってコポーへそっと返します。「届けるための一投、なんだね」
三人は誰からともなく輪になり、毬を投げては受け取ることを繰り返しました。強く投げれば取り落とし、優しく投げれば手のひらに吸い込まれるように収まる——その単純な発見に、コポーはいつしか夢中になっていました。
夕暮れが橋を橙色に染める頃、オヒサマは小さくつぶやきます。「別に、あんたのために付き合ったわけじゃないんだからね」
その声は、いつもより少しだけ柔らかく響きました。
余白: その夜、コポーは藁の毬のほどけかけた箇所だけをそっと編み直し、次に誰かへ渡す時のために、棚の一番手の届きやすい場所へしまった。
【本日の雫】
- 野球の日: 8月9日は「や(8)きゅう(9)」の語呂合わせにちなむ記念日。各地で記念イベントが行われる。
PR