真夏そのものの日差しが、駅前広場の石畳を容赦なく炙っていました。蟬の声は最高潮で、しだれ桜の葉さえもぐったりと重たげに垂れています。
「立秋? どこがだ……」
警備隊の詰所前で、マスクメンは色鮮やかな覆面の内側にじっとりと汗を滲ませながら、巡回記録帳をめくっていました。後ろ手に結んだ紐が汗でほどけかけているのにも気づかず、彼は町の掲示板に「熱中症注意」の張り紙を几帳面に貼り直していきます。暦の上では今日から秋のはずなのに、体感はどこまでも真夏そのものでした。
「暑いなら、土に聞けばいい」
のっそりと、石橋の陰からペーシャンが這い出してきました。全身にうっすらとついた土を気にする素振りもなく、彼は地面に体をぺたりと押し当てます。
「……ん。もう秋が、始まってる。まだ遠くだけど、ちゃんと歩いてきてる」
マスクメンは覆面越しに眉をひそめました。「見えない秋を信じろって? 俺は目に見える暑さの方を信じるね……マスクの中、蒸し風呂だぞ」
そう言いながらも、彼はふとペーシャンの隣にしゃがみこみ、真似するように地面へ手のひらを当ててみました。冷たい、というほどではありません。けれど、そこには確かに、ほんのわずかな涼の気配が眠っているような気がしました。
「……気のせいだよな」
「気のせいで、いい。信じたい方を、信じればいい」
ペーシャンはそう言うと、また土の中へゆっくりと潜っていきました。マスクメンは一人残され、覆面の下でひとつ、照れくさそうに笑いました。額の汗を拭う仕草さえ、どこか誇らしげに見えました。
余白: その夜、マスクメンが覆面を洗って干すと、内側にうっすら残った汗染みは、なぜか涼しげな水玉模様に乾いていた。
【本日の雫】
- 立秋: 二十四節気のひとつで、暦の上で秋が始まる日。2026年は8月7日にあたるが、実際にはまだ厳しい残暑が続く時期。
- 残暑: 立秋を過ぎてもなお続く夏の暑さのこと。
PR