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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

蝋管に眠る声

夕方の蛙鳴町、駅のホームに置かれた古びた蓄音機が、傾きかけた西日を鈍く弾いていた。真鍮のラッパには、うっすらと埃が積もっている。

「壊さないでよね。記録の蔵から、ようやく借り出してきたんだから」

スパイスは布切れでラッパを磨きながら、ホームの端に佇む白い塊――キリガミネンにちらりと目をやった。その体からじんわりと滲み出るひんやりとした空気が、蝉時雨の熱気を和らげ、蝋管の柔らかい表面がこれ以上緩まないよう、ぎりぎりのところで守っている。

「……なにそれ。声を、閉じ込める箱?」

ベンチに腰掛けていたオヒサマが、興味なさげな声を作りながらも、視線だけは装置から離れなかった。

「昔、誰かが吹き込んだものが、まだ中で眠ってるらしい。試しに聴いてみるか」

スパイスがそっとハンドルを回すと、針の擦れる音の向こうから、幼い笑い声がにじむように響いてきた。誰の声かは、もうわからない。それでも確かに、この町のどこかで生まれた声だった。オヒサマは思わず息をのみ、ラッパにそっと手を添える。

「私も……」

言いかけて、口をつぐんだ。今この機械になら、素直な一言を閉じ込められる気がした。けれど針が下りる直前、喉から転がり出たのは、いつもの憎まれ口だった。

「べ、別に。誰かを待ってるわけじゃ、ないんだから」

蝋管に刻まれたのは、強がりの言葉と、その奥でかすかに震える息づかいだけ。オヒサマは慌ててラッパを押しのけたが、キリガミネンだけが、その震えに寄り添うように、いつまでも冷たい風をそっと送り続けていた。

余白: その夜、蝋管の同じ箇所を、スパイスがこっそりもう一度だけ再生していたことに、誰も気づかなかった。

【本日の雫】

  • 蓄音機の日: 1877年のこの日、発明家トーマス・エジソンが蓄音機の特許を取得したとされる記念日。