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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

蛙鳴町奇譚:見て花火

夏の龍神様の湖は、今夜だけ人間くさい賑わいに包まれていた。……とはいえ、蛙鳴町の花火は都会のそれとは違う。「大きな音は湖の主を驚かせる」という言い伝えのせいで、打ち上げられる花火はたったの三発。控えめすぎる号数に、毎年誰かがぼやくのが恒例だった。浴衣の裾に混じる金魚すくいの水の匂いと、遠くの太鼓の振動だけが、やけにリアルタイムで夏を伝えてくる。

「たった三発て。ドケチにも程があるじゃろがい……」 浴衣姿のオヒサマは石段に座り、口を尖らせながら夜空をにらんでいた。誰かと並んで見るはずだった場所に、今夜も自分一人。「別に、一人でも平気だし」と言い聞かせるように呟く声は、湖面の虫の声にかき消された。

一方、屋台の裏ではビピクが化粧崩れを気にしながら、ポスター用の「完璧な笑顔」を鏡に向けて練習していた。実行委員に選ばれた「花火の妖精」役――規定の角度、規定の弧を描く口角。センサーで測ったような笑みを、あと何十回アップデートすれば良いのだろう。

橋のたもとではケロミが発声練習の音を、囃子の喧騒にそっと紛れ込ませていた。三発の後に歌う予定の新曲。届くだろうか、この声。伝説になるはずの歌が、雑踏に溶けて消えてしまう予感に、喉の奥が震える。

三発目が夜空で開き、拍手と共に静寂が降りた、その時だった。 湖面だけが、四発目の花火を映した。 空には何もない。爆ぜる音もない。なのに水面には、赤く緑に光の輪が広がり続けている。 「毎年のことじゃ」と屋台の店主は事もなげに団扇を扇ぎ、誰もそれを不思議がらなかった。 ただし、映る形は三人それぞれに違って見えた。オヒサマには寄り添う二つの光の粒が。ビピクには規定の弧を無視した、いびつな輪が。ケロミには、まるで音符のように跳ねる波紋が。

「……これ、私にしか見えてないやつだ」 石段と屋台裏と橋のたもと、三方向から漏れた同じ呟きが夜気に重なって、初めて互いの存在に気づく。 「な、なんでビピクとケロミがここに……べ、別に寂しくて呼んだわけじゃないし!」 オヒサマは慌てて涙をこすりながら憎まれ口を叩き、ビピクは崩れた笑顔のまま噴き出し、ケロミは震える喉でそのまま小さく歌い出した。掛け値なしの声に、二人が拍手を送る。

水面の光がゆっくり滲んで消えていく間、三人はただ、「見てほしい」の答えを確かに受け取った気がしていた。

余白: 「見て花火」の映像記録を残そうと、スパイスが毎年カメラを湖畔に仕掛けているが、現像されたフィルムには決まって四発目の光だけが写っていない。

【奇譚の核(しん)】 ・使用した固有現象:湖面にのみ映る四発目の花火「見て花火」(誰にも打ち上げられていないのに、見る者ごとに違う形で映る) ・隠されたテーマ:「見てほしい」という声にならない願いは、規定通りの姿でなくとも、ちゃんと誰かに届いている