蝉の声さえ溶けてしまいそうな真昼、蔵の分厚い土壁だけが涼しさを守っていた。日陰に逃げ込んだ子どもたちの額に浮く汗を、団扇であおぐ手も追いつかない。
「……四十度と、八分。こんな数字、初めて見た」
蔵の奥でソンチョーが古びた気象手帖をめくる指を止めた。茶色く焼けた紙に、震えるような筆跡で刻まれた数字。フェっフェっという笑いは鳴りを潜め、皺の深い目がじっと紙面を見つめている。
「そんちょ、それってどこの記録?」
新聞の束を抱えたミニコーが、そっと覗き込む。「都会でも、まだこの数字を超えた日はないんだって。……ずっと誰にも塗り替えられない暑さって、なんだか怖いね」
そこへ地響きのような足音とともに、モッチーが蔵の裏の氷室から巨大な氷の塊を担いで現れた。太い腕にびっしりと浮かぶ汗の玉が、白い塊にぽたぽたと落ちて小さな穴を穿つ。
「重いなんて言ってられるか……この氷が溶ける前に、みんなの涼しさに変えてやる」
古い鉋のような道具で削られた氷が、しゃりしゃりと音を立てて器に降り積もっていく。子どもたちの歓声が上がり、ソンチョーは手帖を静かに閉じると、その日の欄外に小さく書き足した。「今日、氷を分け合った」と。
モッチーの背中を伝う汗が、器の中の白い山にひとしずく落ちて溶けた。
余白: その日の欄外に書き足された「今日、氷を分け合った」の文字のすぐ下に、四十年前の誰かの筆跡で同じ一文があったことに、ミニコーだけが気づいていた。
【本日の雫】
- かき氷の日: 1933年7月25日、山形市で当時の日本観測史上最高となる40.8度を記録したことにちなみ、この日は「かき氷の日」とされている。