蛙鳴町の朝、龍神様の池の水面から陽炎がゆらゆらと立ちのぼっていた。蝉時雨が耳をふさぎたくなるほど降り注ぐ、一年で一番暑い日だ。
「くっ……この暑さでは、僕の決めポーズも台無しだ……」
コポーは池のほとりで気取った横顔を作ろうとするも、額から滴った汗が顎先でぽたりと光り、せっかくの表情を台無しにしていた。
「ふはは、諦めろコポー。この炎天下でキマる奴なんていやしないさ」
工房から現れたスパイスは、自作の送風機を担いでいた。ジャンクパーツを組み合わせた不格好な代物で、羽根の代わりに古い傘の骨がくるくると回っている。
「町中の熱を、少しでも逃がしてやろうと思ってな。……が、電池がもう切れかけだ」
スイッチを入れると、送風機はガコガコと数回転しただけで沈黙してしまった。
その時、駅のホームの方から、ひやりとした空気が漂ってきた。
「……あれ?」
コポーとスパイスが顔を見合わせて向かうと、いつものベンチの傍らに、キリガミネンが佇んでいた。白い体からは、まるで真冬の朝のような涼気がゆらめいて立ち上っている。
言葉を発することのないキリガミネンに、コポーはそっと寄りかかってみた。冷たい体温が汗ばんだ頬に染み渡り、思わず「はぁ……」とため息が漏れる。スパイスも反対側にもたれかかり、送風機のことなどすっかり忘れて目を細めた。
「……理屈じゃ、説明できないんだよなあ、こいつは」
スパイスがぽつりとつぶやくと、キリガミネンはただ静かに、涼しい風を町へと分け与え続けていた。
余白: その夜、スパイスは送風機の設計図の隅に、こっそり「キリガミネン式」という項目を書き加えていた。
【本日の雫】
- 大暑(たいしょ): 二十四節気のひとつで、一年のうちで最も暑さが厳しくなるとされる時期。2026年は7月23日にあたる。