朝靄が薄れていくにつれ、龍神様の池の水面に、小さな波紋がいくつも重なっていた。石を投げているのはコポーだ。ただし今日は的当てではなく、何かに苦戦している様子だった。
「くそぅ……どうしても、歪む」
コポーは木の枝と紐を使った即席のコンパスで、地面に円を描こうとしていた。今度こそ完璧な丸――橋渡りの儀式を終えたオヒサマに贈る木の勲章に彫るための下絵だ。何度描き直しても、紐のたるみのせいか、丸はどこかいびつになる。
「そのやり方じゃ、永遠に完璧にはならんぞ」
工房から歩いてきたスパイスが、古びた真鍮の計算尺を片手に呟いた。
「僕の測定器も、実は同じさ。円の周りの長さと直径の比を、七分の二十二という近似で計算する古い機械があるんだ。本当の値には、指先ほども届かない」
「え、スパイスの機械でも、ぴったりにはならないのか?」
「ならないさ。でも、動く。歯車は回るし、水車は水を汲む。ぴったりじゃなくても、ちゃんと役に立つ」
そこへ、桜餅を頬張りながらソンチョーが通りかかった。
「フェっフェっ、川底の石を見てみい。どれも真ん丸ではなかろう。それでも水の中で、ちゃんと座りがいいものじゃ」
コポーは自分の描いたいびつな円を見下ろし、そっと指でなぞった。少し歪んでいるからこそ、自分の手で彫ったのだと分かる形。彼は迷いを捨て、その下絵にそのまま彫刻刀を入れることに決めた。
夕暮れ、池の面が茜色に染まる頃、コポーの手には少しだけ歪んだ木の丸が残っていた。
余白: その勲章がオヒサマに渡ることになるとは、コポー自身もまだ知らない。
【本日の雫】
- 円周率近似値の日(Pi Approximation Day): 分数22/7が円周率(約3.14159)の近似値であることに由来し、日付表記「22/7」がその値に近くなる7月22日を祝う国際的な記念日。