パパン、と乾いた音が鳴った。ソンチョーが打ち鳴らすのは講釈師の扇子ではなく、龍神様の祠から出た古い木片であったが、その調子はまさに一席の講談である。
「えー、本日語りまするは『隣人の瞬き』の一席にございます」
しだれ桜の下に集った子蛙たちを前に、ソンチョーは目を細めた。十一年に一度、龍神様の湖面に紅い星影が満ちる夜がある。天文学の言葉を借りるならば、それはプロキシマ・ケンタウリb――太陽系にもっとも近い、四光年余り先の系外惑星から漏れ出す光だという。
「さればこそ不思議、この星、赤色矮星の傍らにありて、本来ならば肉眼では到底拝めぬはず。されど湖はこれを映し、しかと紅く輝くのでございます」
ちょうどその夜、望遠鏡を担いだ都会の天文学者が、迷い込むように町を訪れた。
「馬鹿な。プロキシマ・ケンタウリの光度は十一等星以下、素人の目はおろか、市販望遠鏡の分解能 of 彼方だ」
首をひねる学者に、スパイスが自作の反射鏡をずいと差し出す。
「理屈はいいから、覗いてみなよ」
学者はしぶしぶ目を当て、そして絶句した。湖面には確かに紅い瞬きが揺れている。慌てて夜空を仰いでも、そこに星の姿はない。湖だけが、届くはずのない隣人の光を静かに受け取っていた。
「龍神様が結んだ古の約束は、争わぬことだけではございませぬ。遠き隣人とも、声なきまま手を取り合うことでございましょう」
ソンチョーの言葉に、学者は黙って湖に頭を下げた。コポーはその背を見つめながら、「僕もいつか、あんなに遠くまで届く光になりたいな」とつぶやき、照れくさそうに鼻をこすった。
夜が明け、湖面はいつもの青に戻った。学者は結局、観測データを持ち帰ることができなかった。カメラにも望遠鏡にも、紅い光は一切記録されていなかったからである。
余白: 学者が去った後、湖底から引き上げられた例の木片には、誰も彫った覚えのない小さな赤い点が、ひとつ増えていた。
【奇譚の核(しん)】 ・使用した固有現象:龍神様の湖に十一年に一度映る「隣人の瞬き」(プロキシマ・ケンタウリbの光) ・物語の隠されたテーマ:科学で測れない繋がりも、静かな約束として存在しうる