夕暮れの蛙鳴町、川沿いに並んだ提灯にぽつりぽつりと灯がともり始めた。生ぬるい風がしだれ桜の葉を揺らし、池の水面に小さな波紋が幾つも広がっていく。遠くで鳴く蛙の声に混じって、太鼓の練習らしき音が風に乗って届いた。
「くっ……都会は三万発だって? うちは毎年、ソンチョーの手持ち花火十本だけなのに」
広場の掲示板に貼られた三連休の花火大会特集を睨みながら、コポーが悔しげに拳を握りしめた。指の隙間から、破れかけたポスターの端がのぞいている。誰かに自慢したくて仕方なかった夜空を、今年もまた誰かの町のものだと思うと、胸の奥がちくりと痛んだ。
「フェっフェっ。龍神様の湖の近くじゃ、大きな音を立てる花火は昔から控えてもらっとる。『争わない』約束、忘れたかの」
桜餅を頬張りながら現れたソンチョーが、目を細めて笑った。「派手さを競うより、静かに分け合う方が、この町には性に合うんじゃないか」
工房の匂いをまとってやってきたスパイスが、無言で小さな筒を差し出す。振ってみると、廃材のLEDが青白い光を尾のように引いて宙に散った。
「音も火薬もいらん。これなら龍神様も怒らんだろ。……夜通し半田ごてと格闘した甲斐があったな」
ぶっきらぼうな声の奥に、少しだけ誇らしさが滲んでいる。
コポーはその光る棒を受け取り、そっと池の水面にかざしてみた。反射した光が幾重にも揺れて、まるで町中に小さな花火が咲いたように広がっていく。三本、五本と数を増やすたび、水面の光もどんどん賑やかになった。
「……三万発には、敵わないけど」
鼻の奥がつんとするのを誤魔化すように、コポーは何度も光る棒を振り回した。手持ち花火十本と、スパイスの光る棒と、ソンチョーの笑い声。それだけの夜が、今はどうしてか十分すぎるほど眩しかった。
余白: その夜、スパイスは光る棒の設計図を蔵にそっと収めた。表紙には「来年は龍神様にも届く高さまで」と、らしくない一言が添えられていた。
【本日の雫】
- 三連休の花火大会: 2026年7月18日(土)から20日(月・海の日)にかけての三連休、全国各地で花火大会が多数開催される。
- 内野手の日: 7月18日は「内野(7・1・8)」の語呂合わせにちなむ記念日で、野球の内野手を労う日とされる。