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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

七色の結び目

夕立が蛙鳴町の石畳を激しく叩き、そしてあっけなく去っていった。

濡れた空気の中に、湿った土と草の匂いが濃く立ち上っている。川沿いのしだれ桜の葉から落ちる大粒の雫が、川面に小さな波紋を幾重にも描いていた。

駅前の古いベンチに腰掛け、ビピクは雨に洗われた空を見上げていた。都会での撮影を終えて戻ってきたばかりの彼女は、完璧に整えられた髪とメイクの奥で、少しだけ疲れた吐息を漏らす。都会のライトが照らす作られた美しさは、時に彼女の呼吸を浅くさせるのだった。

「……見事なものですね」

静かな声に振り返ると、そこには警備巡回中のマスクメンが立っていた。いつものように、後ろ手の紐でしっかりと編み上げた、赤や青、黄色の混ざった色鮮やかな覆面を被っている。

ビピクが視線を戻すと、雨上がりの青空をまたぐように、大きな七色の虹が美しい弧を描いていた。

「本当にきれい。完璧なグラデーションね」

ビピクが呟くと、マスクメンはしばらく無言で虹を見つめていたが、やがてゆっくりと首を振った。

「いえ……完璧ではありません。よく見ると、緑と黄色の境目は滲んでいるし、端の方は雲に隠れてちぎれかけている。それでも、こうして見上げる誰もが、あれを『美しい虹』と呼ぶのです」

マスクメンは覆面の奥から、少し照れくさそうに言葉を紡いだ。

「正義のヒーロー心得十箇条・第六条……『不揃いな結び目こそ、最も固く結ばれる』。……私のこの覆面も、自分で編み上げたので結び目が少し歪んでいるのですがね」

そう言って、マスクメンは後ろ頭の紐の結び目を指した。確かに、手作りの温もりが残る結び目は少し不揃いだった。だが、その糸の重なりは、夕日を浴びて温かな光を放っている。

ビピクはふっと笑った。完璧にポーズを決めるモデルとしての自分ではなく、ただ不格好に、しかし心から笑った。

「その歪な結び目、とても素敵よ。空の虹と同じくらい、温かい色をしているわ」

マスクメンは覆面の下で慌てて口をすぼめ、大きな手で頭の後ろを隠した。手袋越しにも、彼が照れて体温を上げているのが伝ってくるようだった。

「パ、パトロールに戻ります!」

踵を返して大股で去っていくマスクメンの背中を見送りながら、ビピクは深く息を吸い込んだ。胸の奥に、雨上がりの清々しい風が通り抜けていく。空の七色と、彼の被る色鮮やかなマスクの結び目が、この町の景色をそっと繋ぎ合わせているようだった。

余白: その夜、ビピクのスケッチブックの隅には、七色の虹の彼方に、少しだけ歪な蝶結びのマークが描き足されていた。

【本日の雫】

  • 虹の日:7月16日の「なな(7)い(1)ろ(6)」(七色)の語呂合わせと、梅雨明け時期で虹が出やすいことから制定。「人と人、人と自然、世代と世代が七色の虹のように結びつく日」という願いが込められている。