夕暮れの生暖かい風が、スパイスの工房の開け放たれた窓から流れ込み、はんだ付けの煙を緩やかに揺らしている。
作業台の上には、都会の廃材置き場から拾ってきたという、くすんだ赤と金のプラスチックで作られた手のひら大の小箱が置かれていた。細いケーブルで繋がれた二つの平たいコントローラーが、まるで小動物の耳のように左右に伸びている。
「スパイス、何だその古くさい箱は?」
工房にふらりと現れたコポーが、涼しい顔を装いながら小箱を指差した。
「かつて都会の家庭で親しまれた、八ビットの遊戯機だ」とスパイスは言った。背面の太いブラウン管モニターに調整用コードを映しながら、眼鏡を押し上げる。「だが、長年の埃のせいで、心臓部である薄い板を挿し込んでも起動しない」
「なんだ、僕の超感覚で直してやろうか?」
コポーが胸を張ると、スパイスは無言で平たいプラスチックの板を抜き取り、コポーに手渡した。
「ならば、端子部にフーフーと息を吹きかけてみろ。それが最も効率的な清掃法だと、古い文献にある」
コポーは言われた通り、カセットの隙間に向かって「フーフー」と力いっぱい息を吹きかけた。舞い上がった埃でコポーが「げほっ」と咳き込むと同時に、スパイスがカセットを小箱の溝にカチリと挿し込み、スイッチを入れた。
モニターがまばゆく明滅し、懐かしい「ピコピコ」という矩形波の電子音が工房に響き渡った。画面に映し出されたのは、粗い四角のドットで描かれた、緑色のカエルが川を渡るゲームだった。
「おお……動いた!」
コポーが喜んでコントローラーを掴むと、いつの間にか背後に立っていたミニコーが静かに言った。「これ、昔の子供たちが、一つの画面を分け合って遊んだゲームだね。兄ちゃん、僕もやっていい?」
「ふ、ふん、ミニコーか。いいよ、お前が川に落ちないように僕が先導してやる」
二人は並んでコントローラーの十字キーとボタンを押し始めた。画面上の青いドットの川を、二匹の小さなカエルが障害物を避けながら渡っていく。
しかし、コポーの操作するカエルは、対岸の女の子キャラを意識して大ジャンプを試みるたび、あっけなく川に落ちて電子の泡と消えてしまう。
「ああっ! なんでだよ!」
「兄ちゃん、焦るからだよ。平和は急ぐと守れない。僕の動きに合わせて」
ミニコーが手元のボタンを正確に押し、川を流れる丸太をぴょんぴょんと渡っていく。コポーは悔しそうにしながらも、弟のキャラクターの動きを見極め、その一歩後ろを慎重に追いかけた。
「よし……あと少し……!」
最後の一歩を跳び越え、二匹のドットのカエルが同時に対岸のゴールへ辿り着いた瞬間、モニターに簡素な花火がピコピコと打ち上がった。
コポーはコントローラーを握りしめ、少しだけ鼻を赤くして「どうだ、僕のサポートのおかげだな!」と笑った。ミニコーは「うん、兄ちゃんが後ろにいてくれたからだよ」と柔らかく微笑んだ。
窓の外では、本当の龍神様の池から、カエルたちの穏やかな大合唱が聞こえ始めていた。その生きた歌声は、八ビットの素朴な電子音と重なり合い、夏の夜の空へと溶けていった。
余白: 二人が帰った後、スパイスは小箱の内部から丁寧に埃を払い、コントローラーの十字キーにほんの少しだけツバキ油を注した。
【本日の雫】
- ファミコンの日:1983年7月15日に任天堂が「ファミリーコンピュータ」(ファミコン)を発売したことに由来。赤と金のボディ、2つのコントローラー、カセット端子に息を吹きかける通称「フーフー」などが当時の象徴。