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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

ひかりの包み方

夏の始まりを告げる日差しが、龍神様の湖のきらめく水面を眩しく射していた。

湖のほとりで、ビピクは水面に映る自分の姿をじっと見つめていた。ヨガの呼吸を整えながらも、心のどこかにある小さな翳りが消えない。モデルとしての「完璧なビピク」を求められるたび、彼女の胸の奥には、人には言えない不格好な迷いや焦りが、まるで小さな砂粒のように転がっていた。

「……完璧に見せるのって、どうしてこんなに重たいのかしら」

ぽつりと呟いた声は、水面を渡る風にかき消された。

その時、ざざ、と草を分ける大きな音がして、泥だらけの籠を抱えたモッチーが姿を現した。籠の中には、湖の砂泥から引き揚げたばかりの、大きく古びた二枚貝がいくつも入っている。

「やあ、ビピク。いい天気だね」

モッチーはどっしりと腰を下ろし、細い目をさらに細めて笑った。

「それは何?」

ビピクが尋ねると、モッチーは貝のひとつを愛おしそうに撫でた。

「これはね、湖の底でじっと暮らしている貝だよ。時々、中に小さな砂利や異物が入ってしまうんだ。貝にとっては痛くて、不快なもののはずなんだけどね」

モッチーは大きな手で貝の殻をそっと包み込むようにしながら続けた。

「底の冷たい水の中で、貝はそれを無理に追い出そうとはしない。自分の体から出る輝くしずくで、何年も、何年もかけて、その砂利を少しずつ、優しく包み込んでいくんだ。そうして出来上がるのが、あの綺麗な真珠なんだよ」

「包み込む……」

「そう。入ってしまった痛みを、時間をかけて自分の光に変えていく。急がなくていいんだ。土も貝も、時間を信じて待つことで、いちばん美しいものを育てるからね」

モッチーの言葉が、ビピクの胸の奥にある砂粒に静かに染み込んでいくようだった。

そのとき、「よおし! 完璧な着地を見せてやるぞ!」と威勢のいい声が響いた。

対岸のしだれ桜の木から、コポーが軽快に飛び跳ねた。しかし、着地した先はぬかるんだ泥地だった。ずるりと足元を滑らせ、コポーは派手に尻餅をつき、鼻の頭に黒々とした泥をつけてしまった。

「ぐへっ……! な, なんの、これこそが『泥中のカエル』のポーズさ!」

コポーは真っ赤になりながらも、得意げに胸を張ってポーズを決めた。そのあまりの不格好さと滑稽さに、ビピクは思わず吹き出してしまった。完璧とはほど遠い、非対称で、心からの笑顔が彼女の顔にこぼれた。

「ふふ、コポー、そのポーズ、全然決まってないわよ」

「な、なんだって!?」

怒るコポーと、大仏のように温かく微笑むモッチー。その姿を見ながら、ビピクは胸の中の小さな砂粒が、ほんの少しだけ優しく包まれ始めたのを感じていた。

余白: その夜、ビピクが引き出しの奥にそっと仕舞ったのは、昔拾った不格好な川真珠の粒だった。

【本日の雫】

  • 真珠記念日: 1893年7月11日、御木本幸吉夫妻が世界で初めて真珠の養殖に成功したことにちなむ記念日。貝の内部に人工的に核を挿入し、真珠層を形成させることで美しい真珠を育てる技術。