夏の陽射しが川面に反射し、石造りの橋の欄干にキラキラと光の網を投げかけている。むっとするような草いきれの中に、川底から立ち上る冷たい水の匂いが混ざり合っていた。
「キュッ、ギュッ、キュッ……」
しだれ桜の並木道に、妙に騒がしい音が響いていた。 タッチーが長い脚を大げさに交差させ、新しいポーズ「夏のサギのステップ」を披露しながら歩いている。しかし、一歩踏み出すごとに、その左足の靴から無粋な摩擦音が鳴り響く。サイズ違いの大きな靴を履きこなすため、昨晩こっそり自作した中敷きが、靴底の革と擦れ合っているのだ。
「ふっ、聞こえるかい? これこそが夏が奏でるパーカッション、僕の歩みが刻む旋律さ」
タッチーは額の汗を拭いながら、何でもない風を装って胸を張った。だが、無理をして足を伸ばし続けているせいか、その細い脚はわずかに震えている。
川沿いの草むらには、モチモチとした巨体を横たえたペーシャンが、大地の熱を吸い込むように静かに寝そべっていた。まるで緑の小さな丘のようだ。
「タッチー、今日の歩き方は……少し、硬いな。乾いた枝みたい」
ペーシャンがゆっくりとまぶたを開け、のどかな声で言った。
「ナンセンスだよ、ペーシャン。美しさとは、常に張り詰めた緊張感の中に宿るものさ」
タッチーはそう言い返すものの、ついに靴の中で中敷きがずれてバランスを崩し、よろめいた。
そこへ、石橋の欄干に取り付けた水波センサーのメンテナンスを終えたスパイスが通りかかった。手には小さな金属製のオイル缶を下げている。
「タッチー、その靴の摩擦係数は限界値を超えている。そのまま歩けば、摩擦熱で自作の中敷きが劣化するぞ。これを使え」
スパイスが差し出したのは、精密機械の歯車に注すための、無色透明な天然のツバキ油だった。
「これは上質な潤滑油だ。金属だけでなく、革の繊維にもよく馴染む」
「フッ、ありがたい。だが、僕の美学は他人の手を借りない……」
タッチーはオイル缶を受け取ったものの、脚の長さに比べて手が短いため、スマートな姿勢を崩さずに靴の隙間へ油を注すことができない。無理に腰を曲げようとすれば、また無様に転びそうになる。
見かねたペーシャンが、モチモチとした体をずらし、タッチーの背中をそっと支えた。その巨大な体は人肌のように温かく、焦るタッチーの呼吸を自然と落ち着かせていく。
「無理せんでも、ええんよ。滑らかにするのは、恥ずかしいことやない」
ペーシャンの温もりに寄りかかりながら、タッチーは無事に靴の隙間へツバキ油を数滴垂らすことができた。
そっと地面を踏みしめる。 今度は何の音もしない。タッチーが再び長い脚を伸ばして歩き出すと、まるですべるように滑らかで、静かなステップが刻まれた。
「……完璧だ。夏の静寂が、ようやく戻ってきたね」
タッチーは満足げに髪をかき上げ、優雅に歩み去っていった。だが、曲がり角を曲がった途端、ほっと肩の力を抜いて深く息を吐いたのを、草むらの二人は見逃さなかった。
「ふっ、効率が四割向上したな」とスパイスが呟く。
ペーシャンはまた目を閉じ、心地よさそうに大地の匂いを吸い込んだ。 「世の中も、これくらい滑らかに回ると……ええのになあ」
余白: その日の夕暮れ、タッチーが自作の中敷きをさらに滑らかにするため、スパイスの工房の裏にそっとツバキの種を植えて帰ったことは、誰にも知られていない。
【本日の雫】
- 潤滑油の日・オイルの日:7月10日は「じゅん(7)かつ(10)ゆ」の語呂合わせから、潤滑油の重要性を啓発するために制定された記念日。
- ツバキ油:古くから刃物や精密機械のサビ止め、木製品や革製品の艶出し・保護に用いられてきた天然の潤滑油。