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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

坂道を下る疾風

カエル山の中腹から吹き下ろす山風が、青々と茂る草むらを波のように揺らしている。夏の陽射しを浴びて、湿った土と青葉の匂いが混ざり合い、むっと立ち上っていた。

「これを取り付ければ、摩擦抵抗はさらに三割削減できるな……」

スパイスが額のゴーグルを指先で押し上げ、木製の頑丈なカートの車輪に特製の潤滑油を注ぎ込んでいた。山の上で収穫した大量の夏野菜を、一気に麓まで運ぶために彼が試作した「重力式高速輸送軌道(スロープ・レール)」である。

「ふっ、スパイス。そんな無骨な野菜カートじゃ、僕の美学は運べないよ」

茂みから現れたコポーは、腰に手を当てて胸を張った。だが、目の前に伸びる急な傾斜のレールと、その先にある深い池を見つめる彼の足は、わずかに震えていた。

「女の子たちが見ていたら、きっと言うだろうね。『あそこを風のように駆け抜けたのは、誰?』って。というわけで、そのテストパイロットの栄誉、この僕が引き受けてあげよう!」

「おい、コポー。これは安全第一の輸送用だぞ。それに、まだブレーキの制動テストが……」

スパイスの制止も聞かず、コポーはカートに飛び乗り、固定ピンを勢いよく引き抜いた。

カタ、コト、と木製の車輪がレールを噛む。次の瞬間、重力に引かれたカートは一気に加速した。

「ひょ、ほおおおおおおおお!」

風がコポーの顔を激しく叩き、景色が目にも留らぬ速さで後方へ流れていく。最初は涼しく感じられた山風が、今は暴風となって耳元で吠えていた。コポーは目を剥き、カートの縁にしがみついた。恐怖で喉が引き裂けそうだったが、なんとか「叫び声ではなく、勝利の雄叫びだ」と自分に言い聞かせながら、山中に響き渡る声で絶叫した。

レールの終点では、モッチーが両手を広げて待っていた。「おーい、コポー! いい風が吹いてるぞー!」

最後の急カーブを曲がり、カートは池の手前でスパイスの手動ブレーキ紐が引っ張られ、激しい摩擦音を立てながら、大きな水しぶきを上げて停止した。水しぶきが夏の光を浴びて、キラキラと虹色のアーチを描いた。

「……ふ、ふん。スリルという名のスパイスが、少し足りないくらいだったね」

カートから降りたコポーは、膝の震えを隠すように腕を組み、精一杯のキザなポーズを決めた。だが、その頭の上には、水しぶきで飛ばされた大きなフキの葉がちょこんと載っていた。

スパイスがタブレット型の自作モニターを見ながら歩み寄る。「最高時速は五十八キロ。コポー、君の絶叫の音量は九十四デシベルを記録した。防音対策のデータとして非常に有用だ」

「コポー、ありがとう!」モッチーが泥のついた手でコポーの肩を叩いた。「おかげで、今年のカボチャも傷つけずに麓まで運べそうだよ」

コポーは自分がカボチャの代わりだったことを知り、一瞬だけ目を丸くしたが、二人の笑顔を見て、照れくさそうに鼻の頭をこすった。

余白: その日の夕暮れ、コポーが「僕はカボチャと同等かそれ以上」と書いたメモを、そっと引き出しの奥にしまい込んだことは、誰にも知られていない。

【本日の雫】

  • ジェットコースター記念日:1955年7月9日、日本初の本格的なジェットコースターが後楽園遊園地に設置されたことにちなむ記念日。
  • 夏の山風:カエル山から吹き下ろす、梅雨の合間の青々とした夏の風。