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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

遠い夜空の焰

七月の空気は、夜になっても生ぬるさを残していた。

コポーは広場の石段に腰を下ろし、ぬるくなった水筒を逆さにした。最後の一口は、池からあがる生ぬるい湿気とほとんど同じ温度だった。

「遠い国で、今夜は花火が上がるんだって」

ミニコーが広場に駆けこんできたのは、蛙鳴町の空がいちばん黒くなりはじめた頃だった。手には新聞の切り抜きを握っていて、少し息を切らしていた。「その国が生まれてから、ちょうど二百五十年なんだって。だから夜空が一晩中光るらしい」

二百五十年。

コポーは龍神様の池の方角に目をやった。黒い水面は動かず、ただ熱帯夜の空を映して黙っていた。

「龍神様と町が『争わない』って約束したのって、いつ頃の話なんだろ」

「知らないよ。でも僕たちが生まれる前から、ずっとそうだったんじゃないかな」

ミニコーの言葉は短く、それだけで十分だった。

隣でケロミが、揺らしていた扇子をそっととめた。歌ではなく、ただの言葉として口を開いた。

「二百五十回、忘れずに花火を上げたってことだよね」

遠い国の夜空は、蛙鳴町からは見えない。でも夜風の中に、かすかに火薬の匂いがするような気がした。コポーの気のせいかもしれなかったし、龍神様がそっと届けてくれたのかもしれなかった。

約束が守られている間は、誰も数えない。ただ数えなくても続いているから、今夜もそうある。コポーはそれをうまく言葉にできなかったが、空になった水筒を、なんとなく大切に両手で持ち直した。

鈴虫の音だけが、暑い空気の隙間を縫うように続いていた。

「ねえ、コポー。蛙鳴町の約束って、いつ数えるの?」

コポーには答えがなかった。ただ、龍神様の池の水面が一瞬だけ揺れたような気がして、その方向をじっと見つめていた。

余白: その夜、コポーは帰り道に空の水筒を丁寧に洗って、布でふいて、棚のいちばん見えやすい場所に置いた。理由は自分でもよくわからなかった。


【本日の雫】

  • アメリカ独立250周年:2026年7月4日はアメリカ合衆国の建国250周年記念日。ワシントンD.C.では史上最大規模の花火大会が開催された。気温が40℃近くに達する猛暑の中での式典となった。