七月の午後、駅前広場の石畳はじりじりと焼けていた。
踏切の向こうから定刻通りに現れた白い影が、ホームの端の定位置にゆっくりと身を収める。キリガミネンが静かに佇むと、周囲の空気がほんの少し——ほんの少しだけひんやりと変わった。誰も気づかない程度の変化だったが、電車を待つ人々は、気づかぬままにその方向へ少しずつにじり寄っていた。
「夏の警備は精神力が試される……」
木陰から腕を組んだまま、マスクメンが現れた。マスクの奥で汗がつうっと伝う感触がした。しかし正義のヒーロー心得十箇条の第七条には「いかなる炎天下においても揺るがぬ姿勢を保て」とある。彼は石のように動かなかった。
広場の角に、見慣れない屋台が出ていた。「ソフトクリーム一号」と書かれたのぼり旗が風に揺れ、白くて柔らかい渦巻きが次々と手渡されていく。ワールドカップの決勝トーナメントが始まる夕方にむけて、人々は急ぎ足で屋台に立ち寄り、ソフトクリームを手に家へと帰っていく。
マスクメンはそれを遠目に眺めた。
(……食べたい)
第七条が頭のなかで光った。ヒーローは炎天下でも動じない。
「……別に、暑くはないけどな」
誰にも聞こえないように呟いた時、横から、ひやりとした空気が流れてきた。
振り向くと、キリガミネンが音もなく並んで立っていた。彼は何も言わなかった。ただそこにいるだけで、石畳のじわりとした熱が少しだけ遠のいた気がした。
しばらく沈黙が続いた。
「…………」
「……んあ」
マスクメンが短く声を出した。それが礼なのか照れなのか、自分でも判然としなかったが、キリガミネンはゆっくり一度だけ頷いた。
日が傾き始めた頃、ワールドカップの試合が始まるアナウンスが遠くから聞こえてきた。広場から人影が潮のように引いていく。最後の一人がソフトクリームを抱えて走り去ると、屋台のおじさんが残り一本を持て余したように空を見上げた。
「……これ、あの——もらっていいですか」
マスクメンが、はじめてマスクを少しだけずらした。
おじさんはにっこりして差し出した。キリガミネンはそれを見て、何も言わず、また前を向いた。
夕陽が駅のホームを橙色に染める頃、溶けかけたソフトクリームが、マスクの影でひっそりと消えていった。
余白: その夜、マスクメンの「正義のヒーロー心得十箇条」には、なぜか第十一条として「炎天下においては涼しい隣に立つことを恐れるな」が書き加えられていた。筆跡は、いつもより少しだけ柔らかかった。
【本日の雫】
- ソフトクリームの日:1951年(昭和26年)7月3日、明治神宮外苑で米軍主催のカーニバルにて日本初のコーンスタイルのソフトクリームが販売された。日本ソフトクリーム協議会が1990年に制定。
- FIFAワールドカップ2026:北中米三か国共催。7月3日はラウンド32(ノックアウトステージ初戦)期間中。試合に向けて人々が早足で家路を急ぐ、夏の夕暮れ。