龍神様の池が、六月の空を映して鈍く光っていた。梅雨の晴れ間に夕凪が来て、ハッシーが翼の骨をそっと確かめるように羽根を広げた。
「骨が痛む。でも、雨の予感じゃない」
池の縁に目を落としたその時、コポーが広場の真ん中で仰向けに寝転んで、空を指さしながら叫んだ。
「あれ、なんだ! 丸くて、光ってる!」
夕焼けが溶けかけた西の空の端に、銀色の平たい光が、するすると移動していた。コーヒーカップの下に敷く受け皿みたいな、完全な円形。龍神様の湖が映しているわけではない。空そのものの中に、それは浮かんでいた。
「……兄ちゃん」ミニコーが新聞をたたんで立ち上がった。「これ、都会の記事で読んだことある。大昔に、初めて空飛ぶ皿を見た人がいたって。今日、その日なんだよ」
「空飛ぶ皿?」
「そう、フライング・ソーサー。遠い国の空で、皿みたいな形のものが九つ飛んでるのを見た人がいたんだって。その日から、空を見上げるのが世界中の習慣になった」
コポーは背中の草の感触も忘れ、じっと光を追っていた。それはゆっくりと北の山の方へ消えていく。龍神様の湖の方角へ。
「龍神様が皿に乗って空を散歩してるんじゃないか?」
「……それは違うと思うよ」ミニコーは静かに言った。「でも、人が空を見上げる理由って、龍神様の話と同じだと思う。説明できないものが上にある、って信じること」
ハッシーは翼を折りたたんで、二人の隣に降り立った。骨の痛みはまだそこにある。だが、雨の合図ではなく、何か別の予感のような気がした。
「昔、都会の空で似たようなものを見たことがある」ハッシーは静かに言った。「あの時は食べるのを忘れて、一日中空を見ていた。俺が空腹を忘れたのは、後にも先にも、あの日だけだ」
三人は並んで、銀色の余韻が消えた空を眺めた。龍神様の池がさざ波を立てて光を揺らし、どこか遠くでケロミの歌声が聞こえてくる。梅雨晴れの夕暮れに、答えのない静けさだけが残った。
「見上げれば、分からないものが必ずある」コポーは仰向けのまま言った。「それって、ちょっとだけ、悪くないな」
ミニコーは何も言わず、ただ新聞の余白に小さな丸を一つ書いた。
余白: その晩、龍神様の湖の水面には、円い跡がひとつだけ残っていたと言われている。波紋でも風の仕業でもなく、何者かが着地したような、完全な円形が。
【本日の雫】
- UFO記念日(空飛ぶ円盤記念日):1947年6月24日、米国の実業家ケネス・アーノルドが飛行中に「コーヒー皿のような形の物体」が9つ飛行しているのを目撃。「フライング・ソーサー(空飛ぶ円盤)」という言葉が世界に広まった日。