梅雨の雨が石畳を静かに濡らしつつある夕暮れどき、蛙鳴町の広場に面した古い石壁が、近ごろ奇妙な振る舞いをするようになったと、ケロミはハッシーから聞いていた。
誰かが音を発すると、その石壁は応じるというのである。「ドを歌えば、ミとソが返ってくる」と、ハッシーは大きな翼を羽ばたかせながら言っていた。「まるでサブスクリプション型の音楽生成AIみたいに、入力された音の最適解を即時配信するんだ。物理的には全く根拠がないが、この町ではそういうことが起きる」。それを聞いたとき、ケロミはさして深く考えなかった。蛙鳴町に長く暮らせば、説明のつかない出来事に慣れるものである。
その夕暮れ、傘を持ち忘れたまま広場に差しかかったケロミは、石壁の前にビピクが立っているのを見た。
立っているだけで絵の切り抜きのようになる彼女が、しかしその時は珍しく、顔に疲労の翳を帯びていた。唇を薄く開き、低い音を一つ、短く発した。石壁がそれに応えて、別の二音を静かに返した。彼女はまた声を出した。壁がまた答えた。その繰り返しの中で、ビピクの表情は少しも晴れなかった。
「何をしているの」とケロミは尋ねた。
「完璧な音を探しているのよ」とビピクは答えた。「でも壁がいつも補ってくれるから、どれが本当に自分の声なのか、分からなくなってしまったの」
その言い方が、ケロミには何となく悲しいものに聞こえた。壁に音を求めながら、その音が壁に吸われていくような孤独さを、ビピクの背中に感じたからかもしれなかった。
ケロミは特に何も考えず、ただ口を開いて、声を出した。日頃広場で散らかしているような、飾り気のない、ただそこにあるだけの音である。
石壁が応えた。今度は二人の声と壁の振動とが重なって、三つの和音が広場に満ちた。雨の音がそれをやわらかく包んだ。しばらく、二人は黙ったままそれを聴いていた。
「ね、」とケロミはやがて言った。「どれが本当の音か、なんて、意味がないんじゃないかな。三つが揃って初めて、音楽になるんだから」
ビピクは石壁に指先でそっと触れた。石は冷たく、しかし確かにまだ鳴っていた。何かが腑に落ちたような、しかしまだ何かが分からないような、そういう表情で、彼女は雨の中を立ち去った。
翌朝、ソンチョーが広場を竹箒で掃いていると、石壁の根元に、誰のものでもない足跡が一組だけ残っているのを見つけた。雨は昨晩ずっと降り続けていたのに、その足跡の部分だけは、土が一晩中乾いたままであったという。
余白: 翌日、スパイスが石壁の振動データを計測しようとしたが、センサーはいかなる周波数も記録しなかった。
【奇譚の核(しん)】
- 使用した固有現象:和音壁(わおんかべ)——広場の石壁が発せられた音の欠けた部分を補い、自動的に和音を完成させる現象。なぜかは誰も知らない。
- 物語の隠されたテーマ:完璧であろうとする孤独は、誰かの声と交わって初めて「音楽」になる。