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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

百四十三年の礎

六月の雨は、石の匂いを連れてくる。

広場の端、古い石畳が川に向かってゆるやかに傾いている場所に、ペーシャンは朝からじっと座っていた。モチモチとした巨体を折りたたみ、濡れた石のうえにそっと置いた。まるで土の一部のように、ただ、そこにある。

「終わったんだって」

独り言なのか話しかけているのか、ペーシャンはそう呟いた。隣には、いつのまにかキリガミネンが立っていた。駅のホームからここまでどうやって来たのか、誰も見ていなかった。白い毛にまとった冷たさが、六月の蒸し暑さをそっと押しのける。

「百四十三年、ずっと作り続けた塔が。ついに」

キリガミネンは返事をしなかった。ただ、ペーシャンの隣にしゃがんで、濡れた石畳をヒヤリとした手のひらで静かに撫でた。

「始めた人は、もういないんだよね。終わるのを見た人も、たぶん最初の頃の人たちじゃない」

ペーシャンの手が、石畳の隙間から生えた苔に触れた。土の記憶をその体に宿したもの同士、石と苔のあいだにある何億年ぶんかの沈黙を、腹の底で感じ取るように。

「でも、続けた。信じて、続けた」

ひゅう、と生ぬるい風が川の方から吹いてきた。雨上がりの水面が光り、遠く龍神様の湖の方角から、微かに湿った土の匂いが届いた。

「俺もさ、」とペーシャンは言いかけて、止まった。言葉のかわりに、その場に居続けることを選んだ。春になる夢を見ながら土の中で過ごす体には、時間を信じることと待つことの区別が、どうにもつかないのだった。

キリガミネンがそっと立ち上がった。その影が石畳に薄く伸び、消えた。

ペーシャンは夕暮れまで、そこに座っていた。雨がまた、ふりはじめていた。

余白: 翌朝、石畳の隙間の苔は、誰も気づかないほどの薄さで、緑を増していた。

【本日の雫】

  • サグラダ・ファミリア主塔完成:1882年着工から143年。スペイン・バルセロナの聖家族教会の中央尖塔「イエス・キリストの塔」が完成。設計者ガウディは完成を見ることなく世を去った。