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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

七億キロの、隣

西の空が溶けるように暗くなっていくその縁で、二つの光が寄り添うように輝いていた。

「あれ、近くない?」

草原に腰を下ろしたコポーは、首をぐいと伸ばして空を指差した。青白い光と金色がかった光が、まるで肩と肩が触れるほどの距離で並んでいる。

「金星と木星だ」

工房の明かりを背にしたスパイスが、望遠鏡の角度を微調整しながら答えた。「今夜だけ、あの距離になる」

「本当に触れてるのか?」

「七億キロ以上、離れている」

コポーはしばらく口を閉じた。望遠鏡を覗き込むと、確かに二つは別々の光だった。それでも空では、小指の先ほどの間に並んでいる。

しだれ桜の下から、シルクハットが近づいてきた。

「フェっフェっ。遠いのに近く見えて、損した顔じゃな」

ソンチョーは地面に長い影を落としながら空を仰いだ。「だが逆はどうじゃ。近く見えているということは、その光がここまで届いているということじゃろ」

池の水面が揺れて、二つの星の反射がゆらいだ。金色の光が、コポーの足元まで伸びてきた。

スパイスがメモ帳に数字を書き留めながら、ぽつりと言った。「届いてるなら、それはもう隣だ」

三人はしばらく黙って、西の空を眺めた。龍神様の祠を囲む梅雨前の湿った空気が、二つの星の光を少しだけ滲ませていた。

余白: コポーが家に帰る途中、オヒサマの窓の灯りに気づいたのは、そろそろ星が沈みかける頃だった。


【本日の雫】

  • 金星・木星大接近(2026年6月9日): 金星と木星が夜空で極めて近くに並んで見える「惑星合(コンジャンクション)」。実際の両星間の距離は7億キロ以上だが、地球の空では指先ほどの間隔に見える稀な現象。