龍神様の池のほとりは、朝から誰かの呼吸みたいな静けさに包まれていた。
コポーは竹ぼうきを抱えたまま、水面を見つめた。いつもなら空の青を映すはずが、今日は灰色がかった緑がそのまま沈んでいる。池の奥で睡蓮の葉が重そうに揺れ、遠い南の海で大きな渦が育っているのを、龍神様の水はもう知っているのかもしれない。
「コポー、手が止まってるぞ」
モッチーが袋をいっぱいにして戻ってきた。額に汗を滲ませ、泥のついた手袋をぱんぱんと叩く。今日は町のごみ拾いの日だ。春の終わりに皆で集まって、池の岸を、橋の下を、空き地の隅を歩く。かつては子どもたちの笑い声が響き、老人がそれを見て笑い、それを見てまた子どもが走った。今は、手が数えるほどしかない。コポーは通り沿いをふと見た。空き家が四軒、並んで窓を閉じている。
「昨日、橋の向こうの林にクマが出たらしい。台風が近いと山が落ち着かなくなる。こっちへ降りてくることがある」
モッチーがぽつりと言って、また歩き出す。コポーはその広い背中についていきながら、草と土の匂い、どこかから流れてくる潮の気配を胸に吸い込んだ。南の空が、じわじわと厚みを増している。
昼過ぎ、ソンチョーがしだれ桜の下のベンチで二人を待っていた。
「フェっフェっ。少ない手で多くの場所を歩いた。それだけで十分じゃよ」
コポーはごみ袋を地面に置いた。草の匂いと泥の匂いと、川向こうの誰かの台所の匂いが混ざっていた。嵐が来ても、この匂いは残るだろう。百人がいなくなっても、今日ここで袋を持った数人は、確かにいた。コポーは空を見上げ、渦の中心がどこにあるのか、しばらく考えた。
余白: その夜、橋のたもとで、熊の足跡がひとつ、ごみ袋のすぐ横に残っていた。袋には触れていなかった。
【本日の雫】
- ごみゼロの日:5(ゴ)・3(ミ)・0(ゼロ)の語呂合わせから制定。全国各地で清掃活動が行われる環境記念日。
- 台風6号(チャーミー)接近:フィリピン東方海上を西北西進中。来週初めに沖縄・奄美への接近が予想される。
- クマの出没急増:今春、全国で熊の目撃情報が急増。山間部に近い集落で警戒が続いている。
- 日本の人口減少:2025年国勢調査速報値で1億2305万人。5年間で約309万人の減少。