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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

夜空の六十四番目

五月の夜、龍神様の湖は鏡のように凪いでいた。

「……またいる」

コポーが草の上に仰向けで転がったまま、湖の向こうの空を指さした。水面に映った星の群れのなかに、ひとつだけ、少し不規則に動く光がある。点滅もせず、音もなく、ただゆっくりと弧を描きながら漂っている。

「都会の新聞じゃ大騒ぎだよ」と、隣に寝転んだミニコーが夕刊を空に向けてかかげた。「軍のやつらが、空の謎の記録を六十四冊まとめて公開したって」

「へえ。六十四冊もかけたのか」

「うん。それで怖い怖いって大騒ぎ」

コポーは少し黙って光を追いかけた。あの光は、少なくとも三年前から、五月の晴れた夜には決まって龍神様の湖の上を漂っている。町の誰もが知っていて、誰も特に騒がない。

「なあ。あれって、記録しなきゃいけないのかな」

ミニコーは夕刊を下ろして、一度だけ光を確かめた。

「しなくていいんじゃない」

「なんで」

「記録すると、『謎』になるから」

コポーはその言葉をしばらく転がした。草の湿り気が背中にじわりと染みてくる。遠くからソンチョーの「フェっフェっ」という笑いが聞こえて、次いで桜餅の袋をくしゃりと潰す音がした。

「わしは昔、あれを捕まえようとして、一週間、山に篭ったことがある」

首だけ向けると、ベンチのソンチョーがシルクハットのつばをわずかに持ち上げて空を見ていた。

「捕まえられたんですか」と聞いたのはミニコーだった。

「篭り終えた朝、光はいなかった。もう来ないかと思ったら、翌年の五月にまた来た」

「で、どうしたんですか」

「待つのをやめたんじゃ。そうしたら毎年ちゃんと来るようになった」

コポーは湖面を見た。光は変わらず弧を描いている。六十四冊分の記録を積み上げた都会の空の向こうで、同じ光が同じように漂っているかもしれない、とコポーはぼんやり思った。

草の上に大の字のまま、コポーは手を伸ばして光の軌跡をなぞった。当然、何も触れない。ただ五月の夜気が指の先をすり抜けていった。

余白: ソンチョーが山に篭った一週間の記録は、記録の蔵の棚の奥にある。題名は「失敗の七日間」。最後の一行だけ別の筆跡で、「捕まえなくてよかった」と書き直されている。


【本日の雫】

  • ペンタゴンUFO情報公開(2026年5月): 米国防総省が、未確認航空現象(UAP)に関する新たな64ファイルを一般公開。映像・報告書など多数が含まれ、世界的に注目を集めた。