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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

蛙鳴町(あめいちょう)奇譚:皮膚の号外

 工房の扉が、音もなく開いた。

 スパイスが顔を上げると、敷居の隙間から薄い何かが床を這って入ってきた。初めは埃か、風で飛んできた紙屑かと思った。だが工房の電球の明かりの下でそれが輪郭を結んだ瞬間、スパイスは手の作業を止めた。

 紙ではなかった。

 手の甲に触れるような温かさがある。かすかな脈動がある。それは「這う号外」だった——ヨムの日に蛙鳴町に届くと古くから言われる、紙でなく薄い皮膚のような膜でできた版外紙である。活字は印刷されておらず、文字は必要なときにだけ、体表に浮かぶ血管のような線として現れる。実物を見るのはスパイスも初めてだった。

 号外は床を這いながら、工房の中を探るように動いた。ジャンクパーツの山を迂回し、剥き出しの配線の束を器用に乗り越え、迷わずまっすぐ棚の奥の受信機へと向かっていく。

 受信機が、鼓動し始めた。

 ドク、ドク、ドク。

 棚の奥の古い筐体が体温を帯び、明滅し始める。遠い都会では今夜、無数の担ぎ手が神輿を肩に乗せて地鳴りのような掛け声を上げている——その熱量が電磁波に変じてここまで届いているのか、それとも号外が運んできた脈拍が乗り移ったのか、スパイスには判断がつかなかった。

 号外は受信機の脚に巻きつき、ゆっくりと文字を浮かび上がらせた。

 スパイスは膝をつき、顔を文字に近づけた。

 そこに書かれていたのは都会のニュースではなかった。コポーが踏切の前で三度立ち止まった朝、それぞれの時刻。モッチーが夜明け前に一人で土を耕し続けた時間の長さ。ケロミが誰もいない広場で歌い続けた、ある夜の記録。数値は正確だった——スパイスが密かにつけてきたログと、一分一秒も違わなかった。

 号外は、スパイスが集めてきた記録を、スパイスに返しに来ていた。

 なぜ号外がそれを知っているのか、スパイスには分からなかった。分からないまま、スパイスはその文字を最後まで読んだ。受信機の鼓動がゆっくりと収まった。号外の膜が透明になり、やがて床に溶けるように消えた。

 工房に、もとの静寂が戻った。

 スパイスは受信機の前にしばらく座っていた。集めてきたのは自分だったはずなのに、それが外から届いた理由を、どうしても説明できなかった。翌朝もその次の朝も、引き出しを開くたびにわずかに手が止まるようになった。

余白: 翌朝、工房の床には号外が通った跡が薄い線で残っていた。線は扉の隙間から受信機まで一直線に続いていたが——扉の外側には、線のどこにも続きがなかった。

【奇譚の核(しん)】

  • 使用した固有現象:這う号外・心拍するラジオ
  • 物語の隠されたテーマ:集めた記録は、やがて自ら語り始める