五月の青空が石橋の上に張り出し、しだれ桜の最後の枝先が水面を引っかくように揺れていた。橋のたもとに、人の背丈ほどある石の扉が横たえられていた。
龍神様の祠の扉だ。一年に一度、五月の半ばに磨き直す慣習があって、今年もその朝が来ていた。
「俺がやる。ひとりで余裕だ。モッチーは先に行ってていい」
コポーが腕まくりして石に取り付いたが、足の裏で地面を押すほど扉は動かなかった。息を吸い直し、もう一度。石はびくともしない。三度目もだめだった。汗だけが先に出た。
「知ってる」
モッチーが一言だけ言って、音もなくコポーの隣に入った。肩が並んだ。
次の瞬間、石の扉はすうっと地面を離れた。コポーはそれが信じられなくて、自分の腕と横のモッチーの腕を交互に見た。
「なんで。俺、さっきと同じ力入れてるのに」
「方向が揃ったんだ」
モッチーはそれだけ答えて、黙ったまま足を踏み出した。コポーはモッチーの歩調に自分の足を合わせながら、石段をのぼった。二人の肩の高さがほぼ同じであることに、なぜか今日はじめて気がついた。
龍神様の池のほとりからそよぐ風が草の匂いを連れてきて、石の扉を抱えた二人の額を涼しく撫でた。
祠の前にたどり着いたとき、コポーは前を向いたまま言った。
「……ありがとう、とかじゃないんだけど。なんか、気持ちよかったな」
モッチーは何も言わなかった。ただ、一緒に扉を祠の台座にゆっくり収めた。石が台座に嵌まる音が、やわらかく響いた。
余白: 扉が閉まった直後、龍神様の池にひとつだけ波紋が広がった。岸辺に立っていた二人は、どちらも池の方を見ていなかった。
【本日の雫】
- 三社祭: 毎年5月の第三週末に東京・浅草で行われる、浅草神社の大祭。100基を超える神輿が町内を練り歩き、三日間で約200万人が訪れる都内最大の祭のひとつ。最終日は浅草神社の三基の本社神輿が宮出しし、各町内を巡行する。神輿を担ぐとき、担ぎ手の肩が揃って初めて神輿は前へ進む。
【本日のモチーフ:2026年05月17日】#
三社祭(さんじゃまつり):東京・浅草の浅草神社で毎年5月の第三土・日に行われる例大祭。三日間にわたり100基を超える神輿が浅草の各町内を練り歩き、最終日(5月17日)には浅草神社の三基の本社神輿が宮出しし巡行する。約200万人が訪れる都内最大級の祭で、神輿を担ぐとき、担ぎ手の肩が揃って初めて神輿は前へ進む。