カエル山の中腹に、一か所だけ色の違う土がある。
コポーがそれを見つけたのは、前の晩のことだ。モッチーが「誰かに相談もできずに重たいものを背負ってる」と珍しく遠い目をしたのを見て、気づいたら山を登っていた。明けの明星もまだ空にある、まだ暗い時刻に。
土は、予想よりも黒かった。指先で触れると、冷たくはなく、じわりと温かい。コポーはその土を両手でこね始めた。
最初の変化は、重さだった。
こねるほど、土が重くなる。まるで何かを吸い込むように。コポーは腕に力を込め、それでも手を止めなかった。町中の誰かの「言えない重さ」が、この泥の中に集まってくるのだと——説明できないが、分かった。
その瞬間、景色が変わった。
目の前の黒土が消え、代わりに蛙鳴町全体が遥か下に広がった。粗い走査線のモノクロ映像。ハッシーの目だ、とコポーは思った。言葉にする間もなく映像は流れ込んだ——スパイスの工房の屋根、石橋の欄干、しだれ桜の川面、ソンチョーが布を干す縁側——。その全景に散らばった、無数の小さな「重さ」が見えた気がした。
泥が、ずしりと落ちた。
持ち上げることができなかった。膝をつき、泥の前で途方に暮れていると、頭上に影が落ちた。
「……重いな」
ハッシーが松の枝の上にいた。羽を畳み、静かにこちらを見ていた。
「全部引き受けようとした?」
コポーは黙っていた。ハッシーは少し口端を動かした。
「その泥は、全部飲み込むためにあるんじゃないと思う。ただ——重さに名前をつけてやるだけでいい。そうすれば少し、持てるようになる」
コポーはもう一度、泥に手を置いた。こねるのではなく、ただ押さえるように。目を閉じ、町から流れ込んでくる重さをひとつひとつ、胸の中で呼ぶように数えた。
泥は、少しだけ軽くなった。
カエル山を下りる頃には、夜明けが山の稜線を滲ませていた。コポーの手は泥だらけで、重さはまだあった。しかし今度は、持てる重さだった。
広場まで戻ると、モッチーがいつものように黙って種を埋めていた。コポーは声をかけなかった。ただ隣にしゃがみ、土に手を当てた。
モッチーは細い目をそのままに、「知ってる」とだけ言った。
余白: 翌朝、コポーが確かめに戻ると、泥の色は元に戻っていた。ただ、泥の周囲に知らない足跡が一組だけ残っていた——ハッシーのものでも、コポーのものでもない足跡が、泥の中心へ向かっていた。泥から出てくる方向には、なかった。
【奇譚の核(しん)】
- 使用した固有現象または小道具:重力を吸う泥(カエル山)、ハッシーの視界の共有
- 物語の隠されたテーマ:重さを引き受けることと、重さに名前をつけることは、別の行為である