五月の朝が池の面を金色に染め始めた頃、コポーは広場の隅で一人、古いけん玉を握っていた。
記録の蔵の棚の奥で見つけたそれは、塗装の剥げた赤い球に、磨り減った黒い剣先。木の柄には長年の手油が染み込んで、つるりとした重みがある。道具が古くなるのは、誰かに大切に使われてきた証拠だと、ソンチョーがよく言っていた。
「見ろ、ミニコー。今日中に完璧にマスターして、広場の女の子たちの目の前でビシッと決める」
弟のミニコーが、池のほとりに座って朝刊を読む手を止めた。
「兄ちゃん、けん玉はな、力で上げたらあかんよ」
「わかってる! こんなもん」
コポーは意地になって球を振り上げた。球は剣先を見事に避け、地面に落ちた。一度、二度、三度。四度目には勢い余ってけん玉ごと転がり、靴の先まで行ってしまった。
五月の風が池の面を揺らし、遠くから土の匂いがしてきた。龍神様の湖から流れてくる朝の水気が、まだ眠たそうな蛙鳴町にゆったりと漂っていた。
「……なんで逃げるんだ」
「逃げてへんよ」ミニコーは言った。「球は正直なだけ。急ぐと逃げるように見えるけど、待ったら戻ってくる」
コポーは汗ばんだ手で木の柄を握り直した。膝を少し落として、今度は上げるのではなく、待つつもりで手を持ち上げた。
球が静かに弧を描いた。
剣先に、音もなく乗った。
誰も見ていなかった。目を見開いたのは、ミニコーと、池の縁に並ぶ名も知らぬ水草だけだった。コポーは乗ったままの球を眺め、何も言わなかった。言葉にしてしまうと、この静かな重みがどこかへ行ってしまいそうで。
余白: 翌朝、コポーは誰よりも早く広場に来ていた。今日も、誰も見ていなかった。
【本日の雫】
- けん玉の日:1919年(大正8年)5月14日、現在のけん玉の原型となる形が実用登録された記念日。