五月の朝露が土手の草を濡らしていた。龍神様の池の水面はまだ少し寝ぼけていて、コポーのポーズを映す光も鈍い。
「くッ……こう、一歩踏み込んでから、腕を広げて! どうだ、これがコポー様の風格だ!」
腕を横に広げた姿勢は、池に映った逆さまの自分が見るかぎり、どこか案山子に近かった。
少し離れた花壇のそばに、ケロミがしゃがんでいた。前の晩の冷え込みで萎れた花たちに、柄杓でゆっくりと水をかけている。声一つ出さない、静かな作業だった。
「ケロミ、そんな地味なことしてて楽しいの? 誰も見てないじゃないか」
ケロミは振り向かずに答えた。
「見られてなくても、咲くよ」
コポーはその返事を鼻先でやり過ごしながら、次のポーズに移った。ところが間もなく、土手の端に腰を下ろしたソンチョーがパイプを取り出し、煙を細く吐き出しながら言った。
「昔な、暗い部屋を夜通し灯りを持って歩き回る女がいたそうじゃ。眠れぬ者、痛みに泣く者、皆その光を見て安堵したという」
「俺でも知ってる。有名な人でしょ?」
「知っている者は多い。けれどな、コポー。あの女の患者たちは、彼女の顔を見たかったんじゃない。ただ灯りが来た、ということに救われたんじゃよ」
コポーはしばらく考えた。それから、なんとなく視線を花壇に戻した。ケロミの柄杓が、また静かに傾く。水の落ちる音だけが、五月の朝に小さく散った。
コポーは練習を途中でやめて、花壇の反対側からケロミと一緒にしゃがんだ。
「……俺も水まこうか」
「うん」
ケロミはそれだけ言って、もう一本の柄杓をコポーに渡した。
余白: その日の夜、コポーは一つだけ、自分がヒーローだったことを誰にも言わなかった。
【本日の雫】
- 国際看護師の日(5月12日): フローレンス・ナイチンゲールの誕生日にちなみ制定。夜の病棟を灯りを持って巡回した姿から「ランプを持つ貴婦人」と呼ばれた。
- 第79回カンヌ国際映画祭: 本日5月12日から開幕。日本映画がカントリーオブオナーとして注目される。