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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

土の記憶

五月の朝、畑の土から何かがするりと這い出てきた。

コポーが目を細めると、それはミミズだった。昨夜の雨で濡れた地面から、一匹、また一匹と次々に顔を出しては、薄桃色の細い筋を土の上に引いていく。夜明けの光が低い角度で差し込み、ミミズたちの跡が水の珠でうっすらと光って見えた。

「なんで今頃こんなに出てくるんだ」

「地質の日だからな」

振り返ると、モッチーが腕を組んで立っていた。泥だらけの長靴で、すでに畑の半分を回ってきたらしい。

「地質……って?」

「土の層のことを調べ始めた記念日だよ。百五十年も前のことだ。ミミズにそんなこと関係ないけど、そういう時期だから出てくるんだよ」

コポーはしゃがんで、這い出てくるミミズをそっと指先で止めた。ずっと地の底にいたはずなのに、皮膚はしっとりと温かく、確かな生き物の重さがあった。

「……何ヶ月も下にいたんだろ、これ」

「そうだな。冬の間ずっと、土の中で動いてたよ。上からは見えなくても」

昨日のことが頭に浮かんだ。池のほとりで絞り出したあの「クわッ」が。ソンチョーに「恥ずかしいまま鳴くのがカエルというものじゃ」と言われ、固まっていた喉がほぐれて、やっと出た情けない一声が。ミニコーがその後少しだけ笑っていたが、馬鹿にしたものではなかったと、今朝になってようやく思えた。

「モッチー。ミミズって、出てきたくて出てくるのかな」

「そういう時期だから出てくるんだよ。出たいかどうかじゃないだろ」

モッチーが長靴で土をゆっくりとほぐした。固まった塊がぽろりと崩れ、また一匹が光の中へ這い出てきた。

コポーは立ち上がって、自分の足元を見た。

春が来て、夏が近い。地面の下でじっとしていたものが、そういう時期だから出てくる。ただそれだけのことが、朝の光の中でなぜか少しだけ、眩しく見えた。

「……俺も昨日、なんか出てきた気がする」

「知ってる」

モッチーは振り返らずに、それだけ言った。

畑の向こうの路地から、ケロミが歌いながら通りすぎる声が聞こえた。コポーは黙って、ミミズたちが土の上に引いた薄桃色の筋を、しばらくの間眺めていた。

余白: モッチーがその日植えた種の列は、ミミズの跡が最も多い土のそばに並んでいた。それが意図的かどうか、秋になっても本人は何も言わなかった。


【本日の雫】

  • 蚯蚓出(ミミズいづる):七十二候・第二十候(5月10日〜14日頃)。冬の間地中にいたミミズが地表に姿を現し始める時期。蛙始鳴の次に訪れる候。
  • 地質の日:5月10日。1876年に地質の調査業務が内務省地理局に設置されたこと、および1878年に日本初の地質図が作製されたことを記念して制定。