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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

川止まりの鯉

石橋の欄干に、一匹の鯉のぼりが引っかかっていた。

風はない。川面は朝靄をうっすら纏って鏡のように凪いでいる。大きな黒い親鯉は、どこか遠くから流れてきたらしく、端がほつれて泥まじりの水を吸って重そうに垂れていた。

「夜中からいるんだ、あいつ」

橋の手すりに顎を乗せて腕を組んでいるコポーの顔には、目の下にうっすら隈がある。どうやら一晩中見ていたらしい。

「流してやれよ、兄ちゃん」

隣に立ったミニコーが、今朝の号外を折り畳みながら言った。川上の商店街がまたひとつ閉まったと書いてある。都会の波は、静かに遠くの町々をひとつずつ飲み込んでいた。

「……だから見てるんだよ」

コポーは腕を解かなかった。

ちょうどモッチーが通りかかって、荷物をひとつ橋のたもとに下ろし、じっと鯉のぼりを見上げた。「引っかかってる。でも、流されてはいないな」

それだけ言って、また荷物を担いだ。仕事がある、ということだった。

川面が朝の光でわずかに白く揺れた。重たい鯉のぼりの口が、小さく開いていた。

「泳いでない鯉でも、口開けてりゃ鯉のぼりだよね」

ミニコーがぽつりと言った。コポーは少しだけ口をゆがめて、手すりから顎を離した。

余白: その夕方、鯉のぼりは静かに消えていた。誰がどこへ持っていったのか、モッチーに訊いたコポーは「知らん」と返されたが、荷物を下ろした場所の石畳に泥がついていた。

【本日の雫】

  • こどもの日(5月5日):子どもの人格を重んじ、幸福を願う国民の祝日。鯉のぼりは急流も遡る鯉の生命力にあやかり、子どもの健やかな成長を願って空や川辺に飾られる。
  • 相次ぐ閉業:2025年度の企業倒産件数が1988年以来最高水準を記録。都会の経済的な波は、静かに地方の小さな商店街にも届いている。