五月の澄んだ朝の空気の中、石橋のたもとにソンチョーが立っていた。シルクハットを傍らに置き、古いたわしを片手に、欄干の彫刻を黙々と洗っている。龍神様が刻まれたその浮き彫りは、何百年分の雨と風を受けて、輪郭が少しずつ丸くなっていた。川面には春の光がきらきらと揺れ、若草と湿った石の匂いがかすかに漂っていた。
「……毎年これ、やるんですか」
コポーが橋の手前で足を止めた。隣には都会の新聞を小脇に抱えたミニコーがいる。
「やるとも。この約束を交わした日じゃからな」とソンチョーは振り返らずに言った。「欄干を洗わん年は、町も龍神様も、少し記憶が薄れる。そういうもんじゃ」
ミニコーが新聞を広げた。「都会では今日、『古い誓いは時代に合わせて変えるべきだ』って議論してるんだって。古い約束は古い時代のものだって」
「……変えた方がいいのかな」とコポーが言った。問いは乱暴ではなかった。ただ、本気の重さがあった。
ソンチョーは彫刻の溝にたわしをあてがい、長い時間をかけて汚れをかき出した。龍の爪の間に詰まった黒いものが少しずつ落ちて、春の川に流れていく。ようやく顔を上げると、「変える理由より、守り続けた理由の方が、ずっと重い」と言った。
「フェっフェっ。約束とはな、最初に交わしたときより、守り続けた分だけ本物になるもんじゃよ」
橋の下を、春の水が静かに流れていた。コポーは石の手すりに触れた。ひんやりとしていて、しかし確かな重さがあった。何百年もの誰かの手が、その重さの中に溶けているような気がした。
「……手伝います」
ミニコーが新聞を折り畳んで懐にしまい、たわしを一本拾い上げた。コポーはもう一本を取り、まだ洗われていない欄干の端に向かった。三人の指先が、龍神様の輪郭を少しずつ取り戻していった。
余白: 三人が去った後、橋の彫刻の龍は、しっとりと濡れたままで、五月の光の中に静かに輝いていた。
【本日の雫】
- 憲法記念日:1947年5月3日に日本国憲法が施行された日。2026年で施行79年目を迎える。緊急事態条項の新設や自衛隊の明記など、各政党による改憲議論が今年は特に活発化している。
- 橋の欄干の彫刻を洗う慣習:蛙鳴町では、龍神様と「争わない」という古の約束を交わした記念日に、その誓いが刻まれた石橋の欄干を洗い清める慣習がある。溝に積もった年月を落とすことで、誓いの記憶を新たにする。