「今日は働いたら負けだって、新聞に書いてあったよ、兄ちゃん」
ミニコーが朝刊を広げたのは、朝露がまだ残る広場のベンチだった。見出しに「メーデー」とある。世界中の労働者が今日だけは手を止める、らしい。
「……わかった。俺も手を止める」
コポーはベンチに寝転んだ。五月の空が、あほみたいに青い。
(完璧だ。今日の俺は完全休業体制)
三分後。
視線が宙に漂い始めた。
(……あそこの石畳、ちょっとガタついてないか? あの割れた植木鉢、誰かが踏んだら危くない?)
「兄ちゃん、また体がむずむずしてる」
「してない」
「眉間が語ってる」
反論できなかった。
龍神様の池の方から、ずしん、ずしんという地響きとともに、モッチーが現れた。担いでいるのは大振りの荷袋——見るからに重い。
「モッチー、今日は休みじゃないのかよ」
「ああ。でも上流のばあさんが一人で荷物を運ぼうとしてたから」
「……手伝う」
コポーは立ち上がった。
モッチーが笑った。細い目がさらに細くなる。
「そのまま寝てろ。お前が立ち上がる理由はわかるが——それ、別に今日でなくていい。俺が行く」
「でも——」
「『でも』がある時点で、お前は休めてない」
風が広場を抜けた。龍神様の池から、水面の匂いと新芽の匂いが一緒に届く。コポーは立ったまま、ふと気づいた。
(手伝いたいんじゃない。動かないと、自分が誰なのか分からなくなりそうで——怖いのか、俺)
モッチーが荷袋を担い直し、橋の向こうへ歩き出した。その背中が、五月の光の中でゆっくりと小さくなる。
コポーは再びベンチに倒れ込んだ。
「……ミニコー、お前はむずむずしないのか」
「ぼくは手足が短いから、さっさと諦めることに慣れてるよ」
コポーは弟の横顔をぼんやり見た。
(こいつの方がよっぽど、肝が据わってる)
五月一日の空に、雲が一つ浮かんでいた。どこへ行くでもなく、のんびりと。
余白: 夕方、コポーは誰も見ていないところで、広場の端に転がっていた石畳のガタつきを、ひとり黙って直していた。
【本日の雫】
- メーデー(May Day):5月1日は国際労働者の日。1886年のシカゴでの8時間労働制を求めるストライキに由来し、世界各地で労働者が権利と連帯を訴える。
- ゴールデンウィーク:日本の大型連休。5月1日も連休中にあたり、国内外の旅行者が増加する。